141話 イニシアチブ

 エイトランドの郊外に着陸したSH-60Kは、矢沢らを降ろすと高度を上げて周辺地域の測量を開始した。

 今回の目的は他でもない、ベルリオーズとの会談を控えていたからだ。矢沢と愛崎、アメリアは屋敷前に到着するなり、前と同じ2名の騎士に出迎えられて応接室に通された。


 前回の海戦で、アセシオンは大きな代償を払わされた。彼らも切羽詰まっているだろう。例の亡命阻止を他人任せにするほどには。


 前回の轍は踏まず、ベルリオーズは約束の時間にやって来た。非公式な会談ということでラフな格好ではあるが、しっかりとしわが伸ばされ、丁寧に洗濯されている。彼の微妙な立場を服装が表しているかのようだ。


「お待たせしました」

「お久しぶりです。またお会いできたことをめでたく思います」

「ご冗談を」


 ふふ、とベルリオーズは小さく笑ったが、目は全く笑っていない。彼も多くの戦力を失い、戦争に駆り出されたことで経済状況も芳しくないのだろう。それをいたわる義理はないのだが。


「さて、肝心の取引ですが、シュルツは既に回復しています。いつでも引き渡せる状態にありますが、そちらの方は?」

「奴隷に関連する記録は全てつけています。こちらもすぐに」

「感謝します。では、引き渡しを2日後にお願いできますか」

「承知しました。では、2日後に」


 ベルリオーズはその場の決定にもあっさりと了承した。やけに物分かりがいいのは何故だろうかと考えていたが、考えられるものは全て憶測の域を出ない。

 これが皇帝の亡命阻止への協力の布石だとすれば、それはそれで上手く事が運ぶのだが。交渉の体を取る以上、そこには見返りがつくものだ。ここで奴隷化された邦人を少しでも解放してもらえるのであれば、こちらにとってはメリットが大きな取引となる。


 とはいえ、こちらからその話はできない。スパイを派遣して情報を盗み聞きしていたと知られれば、それこそ計画が大幅変更となるだろう。


 そこからは世間話や差し障りのない公開情報の交換に終始し、特にその話題に触れることはなかった。

 何もないのであれば、もうここにいる必要はない。さっさと撤収して皇帝襲撃作戦の計画を練るため、席を立とうとする。


「では、我々は帰ります。お邪魔しました」

「そうですか……いえ、少しお待ちいただけますかな」

「何か入用でも?」

「ええ。実は、極めて重大な情報を入手しましてね。あなた方にとってもかなり有益な情報です」


 やはり出してきたか。矢沢は顔には出さないものの、心中では笑いをこらえるので精一杯だった。


「して、その情報とは?」

「中央での情報です。そちらが抑えた奴隷商人1人の身柄と交換でお教えしましょう」


 ベルリオーズは先ほどよりずっと神妙な声色で取引を持ち掛けた。ここでも要求を重ねてくるとは、やはり抜け目がない。

 だが、その情報とやらの内容は見当がつく。かなりの確率で皇帝の亡命に関することだろう。もちろん他の可能性もないではないが、波照間の情報によれば、彼らは情報を流す算段だと言っていた。十中八九それで間違いないだろう。


 となれば、こちらが対価を払ってまで情報を聞き出す必要はない。向こうから開示してくれるだろう。


「いえ、結構です。こちらとしてもカードに困っている中で、安易に取引には応じられないのが実情です」

「そうですか……残念です」


 ベルリオーズは目を閉じ、落胆の色を浮かべていた。かなりわかりやすい。


「中央の情報というのは、皇帝が第三国に亡命する、ということです。しかし、それではあなた方が困るのではありませんか? 外交に対して全権を持つ元首が急に不在となれば、交渉も難航するということです。そして、我々も皇帝の不在は避けるべきだと思っている。ここは協力すべきでしょう。奴隷商人を引き渡せば、通行ルートを開示します」

「いえ、我々としては交渉人の交代が望ましいと考えています。不利な立場にある国家の指導者が失脚して交代するとなれば、その後釜とは有意義な交渉ができる。これは我々の歴史においても何度か証明されていることです。つまり、この一件は我々にとって有利な局面と言えます」

「それは……」


 矢沢が淡々と説明すると、ベルリオーズの眉根がピクピクと震え始めた。どうやら矢沢が乗ってこなかったことに驚いたか、腹を立てているかのどちらかだ。そんなベルリオーズの姿を見てか、アメリアは必死に口を閉じながら笑いをこらえていた。


 ここで安易に彼らと協力関係を築いてしまえば、得られる利益が小さくなってしまう。なるべく利益を最大化するためにも、ここは皇帝を拉致できるよう最初から協力関係は築かないようにするか、邦人をできる限り解放できるよう交渉しなければならない。


「こちらとしては、あの頑なに我々を拒絶する皇帝よりも、もう少し話のわかる人物と交渉したいのです。あなた方の利益のために危険を冒すのですから、こちらとしても相当な対価を頂きたい。それこそ、邦人数百名の引き渡しを確約していただくなど、大幅な譲歩が欲しいところです」

「数百……さすがに厳しいかと」


 相手はかなり切羽詰まっている。この状態であれば、多少無茶な要求を提示しても通る可能性がある。

 となれば、ふっかけないわけにもいくまい。


「邦人の帰還は我々の唯一の願いです。この亡命劇があなた方の意に沿わないことはわかりました。これはあなた方にとって国家の危機、そして我々から見れば一切利益にならずリスクだけの事例。これは取引ではなく、依頼という形をとるべきでは?」

「く……この話は保留としましょう」

「承知しました」


 矢沢は勝利を確信していた。ベルリオーズはヤニングスと相談を行い、なるべく多くの邦人を引き連れて依頼をしに来る。既に相当数が売却されているのなら、買い戻させてでも人数を確保させる。


 これがチャンスだ。絶対に逃してはならない。

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