142話 迫られる選択

「全く、なんということを……」

「す、すまない」


 再び例の料亭でベルリオーズと面会したヤニングスは頭を抱えた。ベルリオーズは頭を下げるばかりだったが、ヤニングスにとっては彼の今の態度など重要ではない。


 それとなく伝えてくれればそれでよかったものを、ベルリオーズは欲をかいて交渉材料にしてしまった。そこからまんまと言いくるめられ、俺たちを雇え、とまで言われてしまうなど、失態以外の何物でもない。

 彼らが言っていた数百の奴隷だが、ベルリオーズの元にはその10分の1にも満たない10名しか残っていない。その彼らも5名は売却先が決まっている。


 となれば、選択肢は2つしかない。彼らを追い払い計画を変更、近衛騎士団が亡命阻止に動くか、売却した奴隷を集めて交渉材料にするか。そのどちらかだ。


 ここで彼らを下手に刺激するとまずい。ここで人質を持ち出せば確実に不興を買って交渉が難航する。

 だからと言って、この一件から彼らを追い払うのもリスクを伴う。既にこの一件を知ってしまった以上、どのような形であれ皇帝との接触を図るだろう。殺害というオプションはないにしても、捕縛して人質にするくらいはやりかねない。


 そうなると、やはりヤニングスと陸軍部の精鋭が彼らを駆逐することに賭けるか、それとも交渉で引き渡す奴隷を少なくしつつ、金を積んで奴隷を買い戻す他あるまい。


 買い戻すとなると、それなりの大金が必要になる。その代わりに彼らの行動を契約という形で大幅に制限でき、陛下への身の危険はなくなる。


「仕方ありません。彼らの要求を呑むことにしましょう」

「だが、それでは……」

「無理な尻拭いは強要しません。この一件は半ば不可抗力です。サリヴァン伯爵が何を企んでいるかはわかりませんが、少なくとも亡命は阻止しなければ国が統制を失います。そうなれば、ますます彼らに付け入る隙を与えるだけです」

「それはそうだが……ううむ」


 ベルリオーズは腕を組み、炎魔法の明かりで照らされた天井を仰ぎ見た。


 彼の心労は今に始まったことではない。蛮族であるエルフに侵攻され、この国で一番栄えていると言っても過言ではなかったアルグスタが消え去った日から、ベルリオーズは辛酸を舐め続けてきたのだ。


 ヤニングスはそれをわかっているからこそ、あえて強くは言わなかった。灰色の船とのパイプ役であるベルリオーズがここで折れてしまえば、アセシオンと彼らが対峙したままになる。そこを周辺国やエルフ共に狙われてしまえばどうなるか。そんなことは百も承知だ。


 実際、前回のエルフとの戦争の被害がなかった北部のエンシャル王国は、基地に物資を集積させ始めているという情報もある。その他の国も立ち直ってくると、もはや状況は絶望的だ。


「とにかく、この事態を収拾しないことには始まりません。我々はあまりにも相手を舐めすぎていました。明確なビジョンがない今、落とし前の付け方をハッキリさせるべきです」

「ああ、賛成だ」


 ベルリオーズはヤニングスの目を見て応える。


 アセシオンは今まで彼らを海賊だと舐めてかかっていた。それ故にろくな戦略も構築できず、相手の技術と戦術に苦しめられた。それを反省し、負けないための大戦略を作り直す必要がある。


「まず、重要なのは経済と軍事力の維持です。これがなければ国は終わりです。そのための手段として、我々は陛下を何としてでもお守りしなければなりません」

「わかっている。だからこそ亡命阻止を計画したのだ」

「それに加え、彼らとの交渉の件もあります。この戦いを治める手立てがあるとすれば、もはや彼らの仲間を全て解放するしかありません。今回の事件自体はあくまで身内の判断ミスの対処に過ぎません。真に考慮すべきは、この事件をどう収拾し、どのような状態に持っていくか、ということです」

「そ、そうか……」


 居たたまれなさそうに目を逸らしながらオニオンスープを口に運ぶベルリオーズをよそに、ヤニングスはひたすら思考を巡らせていた。


 最良の手段は、奴隷の一部を引き渡すことを条件に芝居を打ってもらうことだ。ここで破格の条件を提示すれば、必ずや彼らは乗って来る。そもそも、陛下から梯子を外された後でも話し合いの意思を捨てなかった者たちだ、この一件は絶対に反故にはしないだろう。


「陛下には手前から話をつけてきます。ここで失脚することは陛下とて望んでおられないはず、話せばわかるでしょう」

「よろしく頼む。こちらも彼らと交渉しよう」

「いえ、手前が交渉します」

「……わかった、出しゃばってすまん」


 ベルリオーズが再び頭を下げる。ヤニングスはため息をつきながらも、既に冷めかかっているメインディッシュの豚肉ステーキを小さく切って口へと運んだ。

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