287話 当たり前のこと

「な……!」

「艦長、さすがに無茶が過ぎます」


 武本は完全に絶句し、徳山は声を低く抑えながらも強く引き留める。


 だが、矢沢の意思は全く変わらなかった。幹部会議に出席している幹部たちやアメリア、ラナー、ライザを見渡しながら、覚悟を決して再度同じことを繰り返す。


「私がダーリャに直接乗り込み、政府と話をつけてくる。対話を行うのであれば、今が一番の好機だろう」

「確かに、今を逃せば交戦は避けられないでしょうけど……」


 長嶺も時期だけで言えば矢沢と同意見だが、それでも難色を示している。


 それでも、今の機会を逃せば相手は本格的に戦闘準備を整えるだろう。今は敵の準備が整う前に、交渉のテーブルを用意するのが先決だった。


「既に動員令はかかっているだろうが、本格的に部隊が活動できるようになるには時間がかかるはずだ。ラナーから得た敵の危険な魔法のリストもある。それに、ダリアからは援軍も呼んである」

「あれだけで援軍って言えるんですかね?」

「確かに不安要素はあるが、無いよりマシだろう。奇襲効果も期待できる」


 鈴音が渋い顔をしているのは、矢沢が呼び寄せたF-35Bとアクアマリン・プリンセスのことだった。邦人村建設と並行して進められていたアクアマリン・プリンセスの甲板には2か所のヘリパッドが増設されていて、ヘリの離着陸が可能となっている。


 そのほか、垂直離着陸を行うF-35Bの運用にも対応できるよう、ヘリパッドは耐熱処理を施してある。垂直離陸を強要されるF-35は武装や航続距離がかなり限られてくるものの、それでも大航海時代レベルと大差ない船舶が相手では役不足に過ぎる。


「とにかく、今は話し合いをするのが優先だろう。それで戦闘になるのであればしょうがない」

「いっそのこと、徹底抗戦しちゃえばいいんですよ……」


 ぼそりと小さく、吐き捨てるように口を挟んだのはアメリアだった。


 普段は危険な言動など起こすことはないのだが、やはり彼女はアモイを許してはいないらしい。


「……ごめん、あたしたちのせいで」

「あっ……いえ、すみません。私の失言ですから……っ」


 傍に座っていたラナーが湿っぽい顔で謝ると、アメリアは自身の発言を後悔して頭を下げた。今はアモイ出身のラナーがいることを単純に忘れていたか、彼女のことが見えなくなるほど腹の内に怒りを抱えていた、ということだろうか。


 復讐はやめると言っていたアメリアだが、やはりおいそれと怒りが消えることはない。戦争とはこうやって連鎖していくものだと思うと、矢沢の胸に重いものが引っかかるような感覚が残る。


「アメリア、君の気持もわかるが、今はこらえるんだ」

「はい……」


 決してアメリアにも悪意があったわけではない。いや、悪意はあったのだろうが、それは彼女が何の意味もなく誰かに牙を剥くようなものではない。


 これも「誰かが歯を食いしばって止めなければならない」ものなのだろう。それを強いてしまうのは心苦しいが、だからと言って復讐を許可しても、誰も幸せになどなれない。


「それぞれ思うところはあるだろうが、これ以上矛を交えるような事態は避けたい。我々の目的は邦人の奪還にある。無制限に武力行使して敵の憎悪を深めるより、今ここで対話を行い、少しでも和解の道を探ることが重要課題だ。自分で撒いた種だ、尻拭いくらい自分でする」


 矢沢は全員の目を見ながらハッキリと言い切る。


 今回も対話より工作を先に行うという愚を犯したばかりに、余計な負担を周りに強いることとなった。ならば、せめて自分が体を張って事態を収拾すべきだ。そう強く思っていた。


「かんちょー、わたしはかんちょーの味方ですっ!」

「ああ、わかっている」


 周りに重苦しい空気が立ち込めていることを察してか、佳代子は椅子から立ち上がって高らかに宣言する。佳代子が矢沢の決定に有無も言わず従うのはいつものことなので、矢沢は返事をするばかりだったが。


 しかし、佳代子は続ける。


「わたし、やっぱり戦うなんてイヤですよう! できるなら、みんな笑顔で日本に帰りたいじゃないですか! だから、かんちょーがそうする手段を探ってくれるなら、わたしはかんちょーを全力で応援しますからっ!!」

「副長……」

「そうだな。副長の言う通りじゃないか」


 矢沢が呆気に取られた様子で佳代子を見ると、菅野が力強く応援の言葉を発する。


「僕たちは自衛隊だ。命を張って日本を守る組織だけど、軍隊じゃない」

「ええ、私も賛成です」


 菅野の言葉に大松も続く。普段は佳代子のことを奇異の目で見る大松でさえ、副長の言葉を疑わずに信じている。


 3人の言葉に影響されてか、他の幹部たちも柔和な笑みを浮かべていた。先ほどまでの暗い雰囲気は影を潜めつつある。


「そう、ですよね。私たちがそれを見失ってどうするんですか」

「あたしだって部下は失いたくねえ。賛成ですぜ」

「松戸もたまにはいいことを言うじゃないか」

「もう、徳ちゃんひどいですよ!」


 艦長をいけにえに捧げる計画ではあるものの、それでも対話という希望は残っている。それを見てか、ラナーは自然と涙をこぼしていた。


「あはは、人族もいい人っているのね」

「当たり前だ。我々は決してあきらめない」


 矢沢は呆気に取られるラナーに言い切った。


 自衛隊は軍隊ではない。国民を助けるための組織だ。だからこそ、武力より対話を重視する。そんな当たり前のことが何故できなかったのか、今までの自分の行為に疑問を感じる。


 幹部会議はまとまった。後はダーリャに向かうばかりだ。

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