76話 サザーランドの反乱
「いつになったら、日本に帰れるんだろうな……」
あおば後部の飛行甲板に装備された手すりに、砲雷科の山本翔馬二等海曹がもたれかかっていた。果てしなく続く水平線を眺めながら、故郷である日本の地に思いを馳せる。
念願のイージス艦勤務になったかと思えば、1ヶ月以上に渡る中東派遣に駆り出され、それだけに留まらず、ドラゴンやらモンスター、謎の敵が闊歩する異世界に飛ばされて日本に帰れなくなったときた。
停泊中はアクアマリン・プリンセスへの乗船許可の申請が緩くなっているものの、やはり家族に連絡ができないことは大きなストレスになっている。
艦長が邦人の奪還に精力的になっているのもわかるし、副長や先任も隊員たちと積極的に話をしてくれることも嬉しくはある。
ただ、家族に会えない不安、常に危険にさらされている恐怖、そして、アセシオンとかいう連中と敵対してもいいのかという疑念が心の奥底で渦巻いているのがわかる。
他の隊員も、多かれ少なかれ同じようなことを考えているだろう。
邦人の救助については、意外にも大多数の隊員が賛成している。ただ、他国への武力介入となると、一転して反対派が増えている。
山本も自衛隊に入った時は、実際に戦闘に従事するとは思っていなかった。それが、国どころか護衛隊の命令も出ていないのに、一国の軍隊と戦闘を演じてしまったのだ。
今も急に艦長から艦内放送があり、ヘリと地上部隊の用意をするよう通達があった。今はそのためにシーホークを格納庫から搬出し準備を行っている。
また陸地で活動するのか。今回も敵と戦うのだろうか。
「……あーもう、ダメだダメだ」
山本はかぶりを振り、嫌な想像を強引に振り払う。
この【あおば】という最後の砦の長は艦長だ。山本が考えることではない。
深呼吸を繰り返し、何とか心を落ち着ける。
その時だった。あおばの後方に停泊するアクアマリン・プリンセスから爆発音が轟いたのだ。
「な、何だ!?」
山本はとっさに船の方を振り向く。
アクアマリン・プリンセスの船尾から煙のようなものが上がっている。煙突から出ているものではない。
何かが起こっている。背中に冷たいものが走る感覚を覚えながら、山本は一番近い艦内電話に足を向けた。
* * *
「爆発!?」
『はい、船尾からです!』
「了解。通報に感謝する」
艦橋に詰めていた航海士が電話を取ると、慌てた様子の山本から爆発があったという通報が届いた。
何があったのかはわからないが、何かが起こっているのは確かだ。同じく艦橋にいた佳代子はすぐに艦内放送に切り替える。
「総員戦闘配置! これは訓練ではない! 繰り返す、総員戦闘配置! これは訓練ではない! 対水上、対空、対潜戦闘用意! ヴァイパー3は直ちに発進準備!」
佳代子が戦闘配置を宣言すると、艦内に警報が響き渡る。矢沢はまだ艦を離れてはいないが、彼に指揮権を返上しない限りは佳代子が艦の総責任者なのだ。
「わたしがしっかりしなきゃですね……砲雷長、機関銃架はいつでも撃てるようにしてくださいね!」
『承知しています。現在取り付け作業中』
佳代子の要請にすぐ応答する徳山。矢沢にとってもそうだが、佳代子にとっても彼の仕事の早さは助かるものだった。
* * *
「わっ、何!?」
波照間は運悪くアクアマリン・プリンセスの船尾付近にある食堂で食事をしていたところだった。ちょうどスパイの監視任務を海自の隊員に引き継いだついでに、行きつけの食堂にいたのだ。
船内に響く爆発音。異常事態であることは明らかだった。
波照間は私服で隠したUSPタクティカルを引き抜くと、安全装置を外して爆発音がした現場に駆け出していた。
何が起こったかはだいたい想像がつく。爆発があったのは左舷方向、つまり岸とは反対方向だ。アセシオンの船舶が接近すれば確実にあおばのレーダーが捉えているはずなので、可能性はほとんどないと言える。
だとすると、スパイの破壊工作か、ハイノール島到着前の海戦で鹵獲した帆船【サザーランド】に乗せていた捕虜たちが反乱を起こしたと考えるのが普通だ。
デッキから外に出ると、船尾からもくもくと煙が上がっているのが確認できた。船尾に攻撃を受けたのは確実で、その証拠に多数の戦闘員が乗り込んでいた。
「くっ!」
波照間は柱に隠れながら接近し、敵戦闘員にUSPを連射する。何名かの兵士は波照間の寸分の狂いもない頭部への射撃で速やかに無力化されたが、さすがに大きな発砲音を立てれば位置を気づかれる。
「敵の攻撃だ!」
「やれ!」
「任せろ!」
柱に隠れて位置を移動しようとしたところ、真横に短髪の敵兵士が現れて氷でできた剣を振るってきた。波照間はとっさに反対方向へローリングを行い回避し、追撃してくる兵士のこめかみにUSPの9mm弾を撃ち込んだ。
だが、敵はまだまだ攻め込んでくる。今度は青い長髪の少女が上階から外を通って通路に突っ込んできた。
「うそでしょ!?」
「あの戦いでの屈辱、ここで晴らしてくれるわ! アクアシーリング!」
青い髪の少女は大きな目でウインクしながら青白い魔法陣を展開すると、波照間の周囲に無数の水の球が出現した。何に使うのかは知らないが、危険なものであることは確かだ。
遠距離魔法を使える魔法使い相手に距離を取るのは逆に危険だと考え、あえて少女の方へローリングを行い、ナイフを抜いて敵の懐に飛び込もうとする。
「無駄よ!」
もちろん、波照間の行動を許してくれるわけがない。魔法陣の輝きが強くなると、水球が波照間に群がっていく。
「む……ぐっ!?」
水球は波照間を巻き込みながら合体を続け、やがて彼女を包み込んでしまった。水中なので息はできず、波照間は度肝を抜かれた。
敵を水中に閉じ込め、じわじわと殺すとんでもない魔法。波照間は敵の残虐性に恐怖を感じたと同時に、得意なはずの水中なのに身動きが取れないことへの焦燥感を覚えていた。
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