75話 ライザの術策

「甘いですよ」


 ライザはサイドステップで光の剣をよけると、魔力を溜めた拳をアメリアの顔に撃ち込む。

 だが、その拳はアメリアの魔法防壁を顔に集中させたことで、ただのビンタ以下の威力にまで減殺された。


「うっ!」


 一瞬怯んだものの、すぐさまライザの姿を捉えたアメリアはバックステップで距離を取る。改めて魔法防壁を全身に張り巡らせ、次の攻撃に備える。


「さすがお嬢様。魔法の才能は群を抜くものがありましたが、ここまで仕上げているとは」

「私だって、強くなっているんです!」


 ライザには隙がない。それ故に隙を作り出すしかないのだが、その方法はどうしようかと悩んでいた。

 不用意に攻めれば潰される。ならば、慎重に、なおかつ大胆に行くしかない。


「せやッ!」


 アメリアは2振の剣を地面に叩きつけ、衝撃波を発生させた。森が鼓動するように震え、木の葉が宙を舞う。


「っ!?」


 ライザはアメリアが何の目的でこんなことをしたのかわからず、戸惑いながらも迎撃準備を整えた。

 だが、気づいた時には既に遅かった。顔のすぐ近くで落下した木の葉で視界がほんの一瞬だけ遮られたかと思うと、アメリアの姿が木の葉に変わって現れたのだ。

 対応する間もなく、下段から机をひっくり返されるように斜め上への剣戟がライザの胸に叩き込まれた。


「うぐ……」


 魔法防壁の威力減殺は効いているはずだが、2つの巨大な切り傷がライザの胸に穿たれた。幸いにも浅かったので致命傷ではないが、激しい痛みがライザを襲う。

 アメリアはその隙を逃しはしなかった。すぐさま体重を前に持っていき、持ち上げた光の剣を頭に叩き込む。


「確かに強くなりましたが、僕だって負けてはいません……!」


 ライザは目を大きく見開くと、頭上に防御魔法陣を展開させた。魔法防壁とは違う、攻撃を完全に防ぐ防御の魔法だ。


「うそ!?」


 魔法防壁が肌全体に張り巡らされた、威力を減らす『膜』だとすれば、防御魔法陣は体の前に展開する『壁』の役割を果たす。分厚い構造物を作り出すのと同じであるが故に魔力の消費が激しく、おいそれと出せるものではない。


「お嬢様は確かにポテンシャルこそ高いものの、まだ経験不足です」


 右手でアメリアを払いのけたライザは、入れ違いに左手をアメリアにかざして紫の光弾を連射する。威力は低いものの、魔法防壁を削りつつダメージを与えるには十分な強さは持っている。


「うぐう……」

「諦めてください。もはやこれまでです」

「いや……嫌です!」


 アメリアは次々に与えられる痛みを堪えつつ、魔法防壁を前面に集中展開しながらサイドステップで光弾をよけ始める。

 もちろんライザは予測済み。照準をアメリアに向ける。


「……っ、どういうことだい」


 ライザはすぐに違和感を覚えた。アメリアに光弾が直撃しているはずなのに、全くダメージを受けていない。

 その答えはすぐに出た。


「せいやッ!」

「な……!」


 ライザが気づいた時には既に遅かった。アメリアは魔法防壁と光魔法を織り交ぜ、光を屈折させて幻を見せていたのだ。

 アメリアは腕の先に展開した白い魔法陣に魔力を収束させ、ライザの頭上から得意技である白いレーザーを放った。


「これで終わりです!」


 高出力のレーザーが森林地帯の地面を穿っていく。膨大な熱量が爆発にも似た衝撃波を生み、自然豊かなアルルの森を揺らしていた。


「……っ、はぁ、はぁ……」


 アメリアはレーザーの反動を利用して軟着陸すると、レーザーの弾着点を確認する。巻き上げられた砂埃が視界を塞ぐが、アメリアには魔力の探知を可能とするロケーティングで状況把握が可能だ。

 だが、そこにライザの姿はない。死体さえ存在しないのだ。


「え……?」


 アメリアは混乱していた。あれだけの熱量を受けたとしても、ライザほどの強さを持つ魔法防壁があれば死ぬことはない。せいぜい瀕死に追い込む程度だ。

 それなのにいないということは、その場から消えたことを意味している。


「はあッ!」

「くうっ!」


 アメリアは背後から突っ込んできた剣戟を、とっさに召喚した光の剣で受け止めた。


「うそ、あなたは!」

「ごめんだけど、やっぱりあそこにはいられないみたい」


 剣戟を叩き込んだのは、他でもないアリサだった。


「そ、それより、なぜここに!」

「だから言ってるでしょ。ライザと逃げるのよ」

「ですが、ジエイタイの監視が──」

「陽動を仕掛けておきました。今はサザーランドのクルーが行動を起こしている頃でしょう」


 いつの間にかアメリアの真横に現れたライザが耳元でささやく。

 アメリアの背筋が凍り付いた。アクアマリン・プリンセスが曳航していたアセシオン軍の帆船サザーランドの捕虜たちが反乱を起こした、というだけの話ではない。これは彼らの軍事行動なのだ。


「うそ……」

「嘘ではありません」


 アメリアは戦うことも忘れ、体を抱えて震えた。


 自分が余計なことをしたせいで、ヤザワらに迷惑をかけてしまった。もはや言い逃れはできないだろう。

 セリナが捕まってしまったのも、ライザに出ていくところを見られてしまったからに違いない。


 ライザはアメリアが戦闘不能に陥ったところを見逃しはしなかった。力の限りアメリアを殴りつけ、気絶させたところで戦闘は終了した。

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