105話 必要な関係性

「艦長、12時方向、距離300㎞地点にブリップ出現。IFF応答なし。こちらに向かってきます」

「またドラゴンか?」

「いえ、ブリップは小さいのでグリフォンかと思われます」


 菅野がレーダー画面を見ながら報告を行う。いつもの通り肌寒いCICに緊張が走った。


 空を飛ぶドラゴンならば危険はほとんどないと言える。彼らは意外と温厚で、発見されても攻撃してくることはない。アメリア曰く、一般的に彼らの縄張りを犯すか、攻撃を行うかをしない限りドラゴンが襲い掛かってくることはない。それでもヤニングスが乗っている可能性はあるので警戒は怠ってはいけないが。


 一方、グリフォンはそうではない。先の海戦やアリサの派遣の件でも思い知らされたことだが、グリフォンはアセシオンの主要戦力となっている。野生の個体はこの大陸には存在せず、警戒態勢は取らねばならない。


「わかった。対空戦闘用意」

「総員戦闘配置! 対空戦闘用意! これは訓練ではない!」


 矢沢が指示を出すと、徳山が警報を鳴らしながら艦内マイクを使って戦闘配置を伝える。すぐさま艦内は慌ただしくなる。

 現在は運よくアクアマリン・プリンセスに乗っていた隊員たちが帰ってきたタイミングであり、全員が戦闘配置につくことができた。


「SM-2、発射準備よし」

「そのまま待て」


 レーダーに表示されている光点は1つのみ。明らかに戦闘目的でないのは確かだ。射撃員がレーダー上の目標にロックオンするが、矢沢はそのまま待機を命じた。


 何事もなく数十分が経過すると、艦橋の見張りを行っていた鈴音から連絡が入る。


『こちら艦橋、旗の掲揚を確認』

「ロッタ、識別を──」

「だからロッタと呼ぶな!」


 相変わらずロッタは騒がしい。矢沢は着席していたので股間は攻撃されなかったが、代わりに頭をひっぱたかれた。

 それでも彼女は任務を怠らない。すぐに落ち着くと、ロッタはモニター上に表示された望遠映像から旗の意味を読み取る。


「あれは使者だな。攻撃してはならんぞ」

「了解。SM-2はそのまま待機、公開部署の者と副長は飛行甲板にて待機せよ。私は士官室で出迎えの準備をする」

『りょーかいですっ!』


 艦橋に詰めている佳代子が水を得た魚のように大きな返事をする。相変わらずの気の抜けた声に、CICのスタッフの一部から失笑が漏れた。


  *


「なるほど、君か」

「お久しぶりです」


 船に乗り込んできたのはライザだった。以前まで着込んでいたラップコート姿ではなく、夜会で使うような赤いロングドレスを身にまとっていた。ぱっと見た限りでは武装していない。この世界の住人にとってみれば「必要ない」とも取れそうだが。


 佳代子が矢沢の後ろでずっと両手を上げて威嚇のポーズを取っているが、ライザは完全に無視して矢沢をじっと見つめている。


「今度は誰の差し金かな」

「ヤニングスです。今回は脳が溶けた皇帝に代わり、会談による解決を行いたいと申す貴族がいましたので、彼との仲介にと」

「自国の君主にそんなことを言ってもいいのか?」

「どうせ聞かれていませんし、気にすることはありません。そもそも、奴のような人間のクズに忠誠を誓った覚えは一度たりともありませんから」


 こちらを信用させるためのリップサービスか、それとも本気で言っているのかはライザの仏頂面からは読み取れなかったが、どちらにしろ前回のように敵対してくることはなさそうだ。


「わかった、君を歓迎しよう」


 仲間を拉致した者を使者にする感覚は全く理解できないが、それでも使者であることには間違いない。

 空いている居室があるので、そちらにライザを住まわせようかと考えていたところ、先にライザが口を開いた。


「お嬢様……アメリア様との面会を求めます」

「アメリア様?」

「そうです。今はどちらに?」

「医務室だ。案内しよう」

「助かります」


 アメリアのことを敬称で呼ぶ女。まさかとは思うが、アメリアの過去を知っているのだろうか。

 ここで聞くべきではないだろうが、矢沢の好奇心が勝った。士官室から出て通路を歩きながら、ライザに質問をする。


「君はアメリアの過去を知っているのかね?」

「昔はお嬢様のお屋敷で働いていました。7年以上前のことです」

「7年前……アルグスタという都市に住んでいたと聞いたが」

「話していらしたのですか。そうです、あの方はかつての僕の主人です。今は袂を分かってしまいましたが」


 矢沢にはライザの思考回路がどうなっているのか全く理解できなかった。かつての主人の話をしているというのに、仏頂面のまま棒読みで話をする一方で、袂を分かち拉致をした身でありながら、未だにアメリアを敬称で呼ぶのだ。

 それは佳代子も同じようで、眉をちょんと吊り上げていた。


「でも、アメリアちゃんを拉致っちゃうなんて敵対している証なのに、なんでまだ様って呼ぶんですかぁ?」

「確かに今では立場こそ違えど、あの方は僕のお嬢様です。相変わらず動物を変な目で見る変人ですが、基本的に真面目で優しく、それでいてひたむきな姿が眩しい、魔法が好きな女の子。それがお嬢様です」

「そこまで思っていて……変ですよう」

「僕にもお嬢様にも、成し遂げなければならないことがあります。同じ目的でも、アプローチが違えば道を違えます。それだけのことです」

「そんな……わかんないですよう」


 佳代子は悲しそうに目を伏せていたが、矢沢には何となくだが言っていることが分かった気がした。


 意見の相違から対立し、やがて別の道を歩む。よくあることだ。

 それと同時に、アメリアには宿り木となる人々がいなかったことも思い知らされた。

 家族を潰され、落ち延びた先の村では受け入れてもらえず、このあおばに来てもなお意見の相違で悩み、そして昔に慕っていた者たちに裏切られた。


 彼女に必要なのは、全幅の信頼を寄せられる人物だ。そういう人物さえ現れてくれれば、アメリアも復讐を捨てられるのだろうか。

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