104話 12の神器

 現在のあおばでは、隊員の陸地への上陸は基本的に行われていない。

 上陸したとしても、そこはただの密林が広がる沿岸の森林地帯でしかない。居酒屋や風俗店もなければ、映画館やコンビニどころか公衆トイレすら存在しないのだ。上陸する利点といえば、土を踏める幸福を噛みしめるか、森林浴を嗜む程度だ。


 そこで、上陸を許可された隊員たちは、不本意ながらアクアマリン・プリンセスへと乗り込むことになる。あおばからプリンセスへ無線を飛ばせば、乗客や乗員たちが有志で運行しているテンダーボートが迎えに来る。それで客船へと乗り込むのだ。


 矢沢は今日も上陸もとい移動する隊員たちを艦橋のウイングから見送っていた。副長に任せて移動してもいいのだが、今の彼にはそんな時間などなかった。


「さて……書類整理に戻るか」


 勤務時間外ではあるが、処理すべき書類は山のように溜まっている。フロランスの魔法で物品管理や整備報告などはある程度省略できるものの、一方で陸地への偵察計画など、本来は司令部がやるべき業務が矢沢へと圧し掛かっていた。


 矢沢が艦長室へ戻ろうと艦橋から出て行こうとした時、出入口の扉から唐突にフロランスが現れた。後ろにはロッタやアメリアも従えている。


「君たちか。何の用だ?」

「ふふ、艦内探検の最中よ。アメリアちゃんに案内してもらっているの」

「案内というか、ただ付き合わされているだけというか……」


 満面の笑顔を見せるフロランスに対し、後ろのアメリアは苦笑いだ。


「要するに息抜きだ。見逃してくれ」

「本来ならば立入禁止なのだが。それに、アメリアは出来る限り医務室にいてほしい」

「そう言ったんですけど、聞いてくれないんです……」


 矢沢は注意するが、フロランスとロッタは聞く耳を持たない。アメリアも困惑気味だ。


 アメリアは投薬と経過観察が長期間途切れていたので結核の発病が心配されたが、今のところ伝染させる様子もなければ発病の兆候もない。それで緩み切っているのだろうか。


「いずれにせよ、ここから出ていってくれ。代わりに艦長室を案内する」

「いいじゃない。わたしたちも別世界の船に興味があるの。見学させてくれたら、わたしが持つ『神の力』について追加情報をあげてもいいわ」

「追加情報……まさか、そんな重要な情報を隠していたのか?」

「いえ、ただの言い忘れ。でも、せっかくだから船内を案内させる口実を作っておこうと思って」

「はぁ……全く」


 交渉において本音を出すのはまずいことだが、それ以上に信頼を欠いてしまうと、そもそも交渉は成立しない。フロランスもそこは理解しているのだ。


 それに、これ以上信頼性に疑問があると言って彼女をなじるのもよくない手だ。そこを問い詰めることは、こちらが騎士団を信用していないと宣言するようなものだ。フロランスはそこまで読んでいる。


「わかった。後で艦内を案内しよう。まずは『神の力』とやらの情報がほしい」

「ええ、構わないわよ」


 フロランスは右舷ウイングへのドア付近にもたれかかると、おもむろにメモ帳と自衛隊印のボールペンを取り出し、さらさらと何かを書いていた。文字を書いているわけではないようだが、すぐに終えて矢沢に見せる。


「これらは……?」

「12の神器、その全てだ」

「んもう、ロッタちゃんったら」


 フロランスが口を開きかけたが、ロッタが割り込んで代弁する。奪われた本人は口を尖らせていたが。


 フロランスが見せたのは、12個の道具たちだった。ボールペンで簡潔に描かれているので概略図か何かだろうが、それだけはハッキリとわかる。


「ダリアの神殿に描かれていた、6000年前に神が作りたもうた12の神器たちよ。これらは全て、神の肉体と魔法防壁から作られていると言われているわ」

「神の、肉体……?」

「そう。この世界における『神』は、人族の1種であるシャルファラ人の女の子が時空龍と呼ばれる全てを超越した存在によって、力の一端を与えられて生まれたの。名前はセーラン、この世界の人族はこの神を信仰しているし、形は違えど他の種族も一定数はセーランを信仰しているわ。時空龍がこの宇宙全てを支配する神だとすると、セーランはこの世界だけの神ね」

「少女が神に……とんでもない世界だな」


 矢沢はその話に衝撃を覚えつつも、一方である種のなつかしさを覚えてもいた。


 地球には一般人が神になる神話も存在すれば、死ねば神として祀られる文化も存在する。祀られて神となった徳川家康や菅原道真、戦前の天皇を神としたことなどを見ればわかるように、日本は典型的な『神文化』とも言える。


 とはいえ、それは死者の弔いなどに付随する概念的なもの。実際に神話のような『神』と呼ばれる存在になった者がいるというのは驚くべきことだ。


「セーランはこの世界に生きる全ての知的種族を滅ぼそうとしたダイモンと呼ばれる種族に戦争を仕掛けたけど、強力な神殺しの呪いをかけられて相打ちになったのよ。呪いでこの世界から神の力が失われることを恐れたセーランは、肉体を12等分にして強力な神器を作ったの。1つの神器に呪いを全て封じ込めて、他の11の神器に自分の力を分け与えた、というわけ」


 聞けば聞くほどファンタジックな話だ。神と1種族の争い、そして神殺しの呪いと神器。地球に帰れば全て作り話だと笑われるようなものだ。


「ふむ……それはその後どうなった?」

「部下の女の子に全て託された後、彼女が管理していたわ。なぜだか理由は聞いていないけど、色々な種族にそれを配り歩いたの。それが現代にまで受け継がれているわ」

「そのうちの1つをフロランスちゃんが持っているんですね」


 アメリアが得意げに言うが、フロランスは苦笑いをする。


「ええ、ダリアに伝わる秘宝、聖鎧マジャンタよ。今は秘密の場所に安置しているけど、万が一奪われたとしても、わたしが能力を持っているから力を奪われることはないわ。神器に封じられた能力を受け継げるのは、この世界でたった1人なの」

「ということは、象限儀を手に入れても能力を受け継ぐ者がどこかにいれば力を使えないことになるのではないか?」

「いえ、神器には能力を『受け継ぐ』ことで能力を使えるものと、道具そのものを『使う』ことで力を発揮するものがあるわ。わたしの能力は前者だけど、象限儀やティアラは後者ね。もちろん後者でも人に受け継げるけど」

「なるほど、それは幸いだ」


 矢沢は胸をなでおろした。もし象限儀を手に入れることができても、日本に帰れないのであれば意味がない。


 地球とは全く異なる概念や歴史、そして力。矢沢はまだこの世界を全く知らないのだなと思いを新たにしていた。

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