24話 作戦会議

「すごいです、客船とは全然雰囲気が違いますね……」

「もちろんだ。あの船は人々を楽しませるクルーズ船、この船は戦うために存在する戦闘艦だからな」


 アメリアはアクアマリン・プリンセスの雰囲気とは全く違うあおばの雰囲気に戸惑いながらも、矢沢の後をついていく。


 時々すれ違う隊員たちは矢沢に敬礼をしながらも、アメリアに目を奪われたかのようにそちらへ注目していた。男性隊員は彼女の胸や体のラインに目を落とすことも珍しくなく、女性隊員に至っては、それに加えて服装や顔のことでひそひそ話を始める始末だ。

 それをアメリアも気づいているのか、顔を伏せてよそよそしく歩いていた。


「アメリア、緊張する必要はない。この艦、というか我々の世界では日常茶飯事だ」

「いえ、元々暮らしていた街でも普通にありましたから……むしろ、あの頃に帰った気がするんです」


 アメリアは申し訳なさそうに言うが、矢沢は全く違う感想を抱いていた。

 その思考は、逆説的に言えば今まで異常な環境に置かれていたことの証左ではないか。あの村は、アメリアのことを『魅力ある女性』ではなく『よそ者』として扱っていたのだ。


 アメリアが村に来る以前はどんな生活を送っていたのかはわからないが、美しい思い出、というわけでもなさそうだ。


「悪いことを聞いてしまったかな。では、次へ行こう」


 矢沢は早々に切り上げ、今頃は幹部が集まっているであろう多目的室のドアを開ける。


「かんちょーさん!」


 部屋に入るなり、佳代子が満面の笑顔で手を振ってくる。横に控える長嶺の視線を感じてすぐに表情が凍り付いていたが。

 会議を行えるよう机は移動され、それを囲うようにアメリアと波照間を追加した10名分の席が配置されている。一足先に戻った鈴音や波照間も着席しており、アメリアに笑いかけていた。


「ああ、みんなもご苦労だった。早速だが、協力者を紹介したい」


 私が目配せをすると、アメリアはほんの一瞬焦った顔をするも、すぐ平静を取り戻した。


「初めまして、オルエ村のアメリア・フォレスタルです。その……よろしくお願いします」


 アメリアが頭を下げると、小さな拍手が送られた。

 矢沢はアメリアに着席するよう促し、自身もホワイトボードを背にした艦長席に着く。


「では、本題に入ろう。客船の船体を発見できたが、乗員乗客3500名はどこかへ連れ去られていた。我々が接触した反政府組織であるフランドル騎士団によると、全員がこの地域を実効支配するアセシオン帝国の皇帝軍により連れ去られたらしい。この情報を基に、彼らの捜索を行いたい。このミッションの目的は人員の安否確認に加え、帝国の内情調査、そしてフランドル騎士団の信用評価だ。アメリアは個人であり閉鎖的な環境に置かれていることから信頼度が高いと評価したが、フランドル騎士団はこの地域を支配するアセシオン帝国と対立する反政府組織であるため慎重に評価したい。なお、帝国が実際に乗客を拉致していた場合、既に発令済みの海賊対処法に基づいて犯人の逮捕もしくは無力化を行う」


 矢沢は事前に用意しておいたアメリアの調査資料を各人に配布しつつ話を終える。

 早速、長嶺が挙手をして立ち上がる。


「艦長、質問があります。情報が正しかったとして、帝国はなぜ人々を連れ去ったのですか?」

「フランドル騎士団団長の推測だが、彼らを奴隷として売買する腹積もりらしい」

「ヤザワさん、そのことなんですけど、アセシオンは外国にも奴隷の販売ルートを持っています。早く止めないと、国内だけでは済まなくなると思います……」


 矢沢をはじめ幹部全員の顔が歪む。奴隷というだけでも拒否感を覚えるが、それ以上に多国間問題という厳しい現実が強い絶望感を与えてくる。


「北朝鮮問題でさえ解決の糸口が見つからないのに……」

「北朝鮮には中国とロシアっていう強力なバックがいる。日本も憲法や米中露との関係、韓国への抑止力から武力行使できない。次元が違うぜ」


 大松の呟きに対し、鈴音が吐き捨てるように言う。


 北朝鮮の拉致問題は東アジアでも特に触れづらい問題に当たる。北朝鮮自体が核保有国になる以前から東アジアの冷戦構造の最前線にあり、それ自体が世界大戦を引き起こせる特大の火薬庫になっているのだ。


 今回の事例も同じ状況になる可能性がある。多くの国に拉致被害者が離散してしまえば、問題解決の難易度は爆発的に引き上げられることになってしまう。


「何としてでも阻止しなければな」


 矢沢の言葉に、アメリアや波照間を含めた全員が一様に頷く。


 しばらくの沈黙の後、波照間が挙手する。


「それより、早めに偵察計画を策定した方がいいと思います。じゃないと、乗員の休養も奪還作戦も計画できません」

「そうだな。アメリア、この近辺で数百名単位の人間が休憩できるような都市はないか?」

「何か所かあります。でも、奴隷はユーディスなど限られた都市でしか売却されないので、通る場所は限られていると思います」

「よし、搭載している航空機を総動員して偵察を行おう。幹線道路と都市をしらみ潰しに探し、何としてでも拉致被害者を探し出す」


 矢沢は席を立ち、全員と視線を合わせる。誰もが決意を込めた目を矢沢に向けていた。


「では、解散。後ほど詳細な作戦計画を立案するので、船務科、航海科、砲雷科の幹部、松戸、大松、波照間、アメリアは2時間後にここへ再集合せよ」

「了解」


 アメリアを除く会議の参加者全員が起立し、矢沢へ短く敬礼して退席していった。

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