番外編 イージス護衛艦あおば・その1

 勤務時間を終えると、数時間に渡り着ていた制服を艦長室の洗濯機に放り込み、簡単な書類整理を済ませる。

 護衛艦は兵器だが、同時に隊員たちの生活拠点でもある。スタンドアローンで行動している現在は、1つの完結した組織としての機能も持ち合わせる。

 洗濯は幹部ならば自分で行うのが当たり前、書類も様々な部署で毎日作られる。その一部を処理するのも、艦長である私の役目だ。


 書類整理をある程度済ませたところで、小さくドアをノックする音が聞こえた。

 普通はノックと共に官姓名を名乗るはずだが、それがない。ノックも弱々しく、自衛隊員でないことはすぐにわかった。


「誰かね、入りたまえ」

「はいな」


 声と共に入ってきたのは瀬里奈だった。

 海竜に襲われていた客船の生存者。三つ編みにした黒髪と赤縁メガネが、端正な顔立ちの少女の可愛らしさを引き立てている。


「君か。どうした?」

「今な、この船探検してんねん」

「ここは客船ではない。危険だから、自室に戻ってほしい」

「なんでやねん! 外出て遊んだらあかん言うし、そないな言うならゲームさせてや言っても、電気は使うたらあかんて! なんやねんな!」


 可愛らしい顔が一瞬にして鬼の形相に変わる。青筋を立てて私にじりじりと近づき、早口に呪詛の言葉を投げつけてきた。


 この艦は戦闘艦だ。瀬里奈が他の隊員たちと同じく、外にいても素早く艦内の自室に戻れる保証はない。飛行甲板も常に落下防止用ネットを張っているとはいえ、急発進や制動、回頭を行えば振り落とされる可能性は高い。レーダーが発する強い電磁波の影響も心配だ。


 室内も快適ではないだろう。発電機の燃料を節約するため、隊員たちの電気を使う私物は電源への接続を禁止している。瀬里奈や他の隊員がゲーム機を持ち込んでいても、充電が切れれば使用できなくなるのだ。

 燃料補給を望めず、艦内通路や厨房、レーダーや基幹となる計算装置さえも稼働を制限している今、この措置は当然と言える。


 暇になるのも仕方ないか。子供は遊んでこそだというのに、これではかわいそうだ。


「わかった。異例ではあるが、私がこの艦を案内しよう」

「ほんま!?」

「本当だ。しかし、守ってほしいことがある」

「聞く聞く、何やの?」

「なるべく装備には触れないこと、何かあれば私の指示に従うこと。いいね?」

「わかったで!」

「いい子だ。では、準備をしてくるといい」


 瀬里奈は笑顔で私に手を振ると、足早に艦長室から出ていった。

 この世界では娯楽も少ない。せめて、これで元気を出してくれるといいのだが。


            *     *     *


 瀬里奈と待ち合わせをしているのは、いつものごとく暇な隊員の溜まり場となっている曹士用の食堂だ。今日も数名がポーカーを楽しんでいる。

 瀬里奈は白い簡素なテーブルに寄り掛かっており、私の姿を見るなり嬉しそうに手を振ってくる。

 それに加え、アメリアもいた。椅子に腰かけてアイスを食べている。いつの間にアイスを買うようになったのかは不明だが、紹介したのは誰か簡単に想像がつく。


「あ、ヤザワさん、こんにちはー」

「おっちゃーん!」

「む、間違ってはいないが……」


 まだまだ私は若いつもりだが、女の子におじさん呼ばわりされると歳を感じる。確かに今年で54歳にはなるものの……。


「待たせたな。それにしても、アメリアも呼んでいるとは思わなかった」

「いえ、私はたまたま居合わせただけで……」

「ついでやから一緒にいかへん? って誘ってみてん。ええやろ?」


 アメリアの隣に行き、彼女の腕を引っ張る瀬里奈。いつ仲良くなったのかは定かではないが、連れて行く気は満々なようだ。


 アメリアは戦闘員ではあるものの、スパイではないことは確かだ。仮にアセシオン帝国のスパイだったとしても、イージスシステムの能力は彼ら異世界人の想像をはるかに超えるし、そもそも技術基盤さえわからなければ模倣しようもない。少し見せたところで変わりはしないだろう。


「まあいい。まずはどこに行きたい?」

「ほな、大砲見せてな大砲!」

「わかった、大砲だな」

「大砲……ですか?」


 瀬里奈は期待に溢れた目で私を見つめてくるが、そもそも大砲自体知らないらしいアメリアは首をかしげるばかりだった。


「我々自衛官は『砲』と呼ぶ。数十キロ先まで爆発物を投射し、敵を攻撃する兵器のことだ」

「そんなものがあるんですね……」


 アメリアは感心したようにうなる。おそらく理解できてはいないだろうが、実際に原理を知らないと何がどうなっているかはわからないのは当然だ。

 それを見せるためにも、あおばの艦首まで移動する。


 艦首に設置されている、四角い箱から筒状の物体が1本突き出ているのが、この艦の主砲である『Mk.45 mod4』62口径127mm単装砲だ。


 自衛隊では最近まで対空砲弾と演習用砲弾しか調達していなかったが、4年前の岸田政権の際に本格化した『敵基地攻撃能力の確保』の一環として、対地/対艦用途の半徹甲弾を導入された。この世界に来る直前にドラゴンを倒した砲弾だ。


「これが砲……なんだか、変な形ですね」

「はえー、これが大砲なん? なんかしょぼいなぁ」

「強さと大きさは比例しない。どれだけ巨大な砲を備えようと、相手に当たらなければダメージはゼロだからな。しかし、この砲は敵を狙えば確実に当てる。小型故に精度が高い」

「ふーん、ゴミ箱にティッシュを投げる時には、ティッシュを丸めて小さくしてから投げるのと一緒やな」

「……少し違うが、そういうことにしておこう」


 砲弾とティッシュを一緒にされても困る。確かに狙いをつけて投擲する点では似ているが。


「では、次の装備を見せよう」

「次は何なん?」

「ミサイルだ。この艦が誇る最強の防御兵器と言える」

「みさいる? また知らない単語ですね」


 アメリアは首を傾げ、主砲と私を交互に見つめていた。頭にハテナマークが浮かんでいるのが見えるようだ。


「かなり大雑把な言い方をすれば、この艦の指示に従って自ら標的へ向け飛んでいき、爆発しダメージを与える槍、といったところだ。射程も主砲より遥かに長い数百キロ単位だ」

「数百キロ……すごいです、ドラゴンを一方的に攻撃できますね」

「その通りだ。数日前に村を襲ったレゼルファルカも、種類は違うもののミサイルで撃破した。これを見てほしい」


 瀬里奈とアメリアに砲の後部を見てもらう。一段高い場所に、四角い白灰色のタイルが規則正しく並んでいる。


「これ何なん?」

「『Mk.41 mod35』ミサイル垂直発射装置、通称VLSだ。このタイルのようなものは蓋になっていて、この下にミサイルが格納されている。ミサイルは真上に発射されてから、目標に向かい方向転換する」

「真上に飛ばしても、自ら飛んでいくなんて……」

「だが、ミサイルは自ら遠距離の敵を狙うことはできない。そこで、レーダーで敵を探し、狙うべき敵をミサイルに教える必要がある。あれがそうだ」


 VLSの次は、艦橋の四方に張り付けている四角形の巨大な白いタイル状の装備を指差す。『AN/SPY-7(V)1』、イージスシステムの中核をなすレーダーであり、敵の探知からミサイルの誘導までを行う。まさに、あおばの目ともいうべき装備だ。


 それに加え、このレーダーは宇宙空間をマッハ20で飛行する大陸間弾道ミサイルの追跡すら可能な超高性能レーダーであり、日本のミサイル防衛を担う中核となっている。


「あれってレーダーなん? あれじゃグルグル回らへんで」

「そうだ。あの白い板は蓋でしかなく、その内側に配置されている無数の小さな突起がアンテナになる。全てのアンテナを機能させることで電波を発振し、敵にぶつかって跳ね返ってきた波を探知して敵の位置を知る。コウモリと同じ原理だが、まぁ音を発する器官が全周囲に付いていると考えていい。くるくる回っているものだけがレーダーではない」

「跳ね返り……探知……それって!」


 何かに気づいたのか、アメリアの目がSPY-7にくぎ付けになる。


「デンパが何かわかりませんけど、魔法使いでも熟練者になると、魔法防壁を変化させて魔力を放出して、敵や味方の位置を探知できるんです。私たちはロケーティングと呼んでます」

「何と……ESM装置どころか、レーダーの真似事までできるのか」


 電波ではなく、魔力を放出することで敵を探知するのか。人が扱えるレベル故に性能は高くないだろうが、それでも市街戦では極めて役に立つ。全くもって魔法は底が知れないな。


「では、次はCICを案内しよう。ついて来てくれ」


 私は瀬里奈とアメリアを先導しつつ、艦内に戻っていく。

 次は艦の頭脳、CICへ移動することになる。

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