番外編 イージス護衛艦あおば・その2
ここから先は、一般人ではまず立ち入ることはできず、隊員でも立ち入りを制限される、極めて特殊なエリアと言える。
あおばのCICも例外ではなく、立ち入ることができるのは一部の隊員のみとなっている。
今回のように、子供を連れてくることなど例外中の例外だ。
船体の奥深く、上甲板から数フロア下った場所に、あおばのCICは存在する。ドアを開ければ、青黒い光と冷気が通路に流れ出してくる。
「うわ、寒っ! 寒すぎや、ありえへんやろ!」
「そうですか? 私はそこまで……」
どうやら瀬里奈は寒がりらしい。アメリアはそうでもないか。
「ここはどういった場所ですか?」
「戦闘指揮所、通称CICだ。この艦や味方から入手した情報を集積し、それを基に指示を下す、この艦の頭脳といった場所となる。攻撃指示もここから発せられる」
「すごいやん! 秘密基地やで!」
「でしょ? わたしもここが好きなんですよー!」
瀬里奈と同じく子供のような笑みを見せながら近づいてくる佳代子。私がいない間にソナーと作業艇を使って周辺海域の測量を頼んでおいたはずなのだが、よほど暇だったのだろうか。
よく見れば、菅野もレーダー操作席で欠伸をしている。訓練が無いせいかたるんでいるようだな。
菅野に近づき、肩を叩いてやる。
「全く、測量も少しは進んでいるのだろうな?」
「はっ、は! 現在、水雷科の水測員が行っています。周囲20平方キロ範囲の70%は測量が終了しています」
「任せた。それと、欠伸をするくらいなら交代すればどうだ」
「失礼しました」
菅野は軽く頭を下げると、そのまま席を立ちCICから出ていく。コーヒーでも飲みに行ったのだろう。
「お疲れさんやなぁ」
「この世界に来てからは、次第に隊員たちの任務が増え続けている。菅野も勤務時間を超えているはずだ。後は別の者が引き継ぐ」
瀬里奈は軽く言っていたが、我々にとっては死活問題だ。あまりいい状況ではない。
疲労の蓄積や訓練不足は士気の低下やヒューマンエラーに繋がる。特に司令部がおらず、我々の常識が通用しない世界故に、柔軟で迅速な判断が必要不可欠だ。疲れた状態では思考も鈍る。
「けっこう大変なんですね……」
「いずれにしろ、どうにかしなければならないことは確かだ。何としてでも偵察作戦を成功させて、隊員たちに十分な休息を与えなければ……」
アメリアの言う通り、1日12時間の勤務中は常に警戒待機となっており、一部の兵科は作業量が増え、電気を使う娯楽は一切禁止、未知の場所でいつ帰れるかもわからないストレスが常に続くことから、隊員たちの疲労も並大抵のものではないだろう。
かく言う私も時間外に書類整理に追われ、佳代子も作業艇の整備確認や防疫チェックを頻繁に繰り返している。このままでは誰かが倒れてもおかしくはない。
「ふぅ……」
いつの間にか、ため息が出てしまっていた。こんなことを考えていて、気が緩んだのかもしれない。軽く咳払いをして威厳を保つが、それに気づいたらしい瀬里奈の顔が暗くなっていく。
「おっちゃん……なんかその、ごめんな」
「いや、私は構わない。探検を提案したのも、君にも自衛隊のことを知ってほしいと願ってのことだ。次に行こう」
私は瀬里奈に微笑みかけ、CICの扉をくぐる。瀬里奈とアメリアもついて来ていることを確認しながら、上の甲板へ繋がる階段を上っていった。
*
船で言う「上甲板」とは、船の前後に延びる一番長い甲板のことを言う。あおばで言えば、主砲や前部VLS、ヘリが発着する飛行甲板があるフロアのことを指す。この甲板は船の舳先から最後尾まで船を貫く形で配置されており、構造物の内部でも呼び方は適用される。
今は上甲板となっている第1甲板、短艇が配置される甲板の直下にいる。言ってしまえばレーダーが配置された前部構造物の後部で、ここから後ろに歩けば外に出られる場所になる。
「次は魚雷発射管だ。これを見てほしい」
魚雷発射管室に移動し電気をつけると、一回り小さな水道管が3つ積み上げられたかのような構造物が目に飛び込んでくる。
瀬里奈は「おぉ!」と短い歓声を上げると、発射管を指差しながら私に向かって叫んだ。
「これ知ってるで! ドラえもんで見たことあるねん!」
「ドラえもん?」
私は腕を組んで訝しんだ。ドラえもんに短魚雷発射管が出た回があったのだろうか。もしかすると、スネ夫のラジコン潜水艦をドラえもんとのび太が撃沈する回があるのかもしれない。
「せやで! 公園に置いてあるあれやん!」
「公園? あぁ、そういうことか」
公園に置いてある、という単語から、私はため息をついた。何かと思えば、本当に水道管を並べただけの、遊具とも言えない構造物じゃないか。
「どら?」
「何でもない」
ドラえもん自体を知らないアメリアには、艦内に単行本を持ち込んでいた佐藤に説明してもらうとしよう。
「公園の水道管とは違う。これは魚雷を発射する兵器だ」
「魚雷……ですか」
「ミサイルが空中を飛翔する兵器だとすれば、魚雷は水中を進むものだ。速度と射程は大幅に落ちるが、水中深くの敵を察知し攻撃することができる」
「ということは、海竜やサファギンもですか!?」
アメリアは度肝を抜かれたように私へ顔を寄せる。ひとまず私は、落ち着け、と言いながら興奮する彼女を離した。
「ここに来る直前にあった海竜との戦闘では主砲と機銃しか使わなかったが、この魚雷で攻撃することもできるだろう。使用する時は、発射管の向こうにあるスクリーンを展開して、発射管を外に向けることになる。もちろん、攻撃を行うためには水中を探知できる装置が必要なので、水中の音を聞く装置であるソーナーを備えている」
「よくわからないけど、すごいです……これなら商船が襲われても反撃できますね」
目を輝かせながらアメリアは言う。彼女は海に何か因縁があるのだろうか。
「では、次に行こう」
魚雷発射管室を後にし、ドアを通って外へ出る。まだまだ紹介できる場所は多く、今日中に回れるかどうか心配だ。
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