番外編 イージス護衛艦あおば・その3

 外に出た私たちは、ちょうどアクアマリン・プリンセスからあおばに燃料を補給している場面に出くわした。後部煙突直下の給油装置からホースを引いている。

 数名の砲雷科員が甲板作業を担当し、その様子を補給長の大松が記録を行いつつ見守っていた。


 大松は私に気づくと敬礼を行い、続いて瀬里奈とアメリアを交互に見やる。私も帽子を脱いで答礼した。


「艦長、お疲れ様です。ところで、今は何を?」

「瀬里奈が暇を持て余していたので、艦の案内をしていたところだ」

「そうなんですね。よかったね瀬里奈ちゃん」


 大松は瀬里奈に声をかけるが、当の彼女は客船から延びるホースに釘付けだ。


「瀬里奈ちゃん?」

「あはは、あれに釘付けみたいですね。ところで、今は何をしているんですか?」


 アメリアが苦笑交じりに聞くと、大松は朗らかに説明をする。


「この艦は燃料を燃やしてエネルギーを発生させて、その力で動くの。そっちの言葉で言えば、液体化した魔力? っていうところかな。それを客船からあおばに移しているのよ」

「なるほど……?」


 アメリアはわかったかのように頷くが、語尾が上ずっている。わかっていないな、と内心思っているが、それもしょうがないか。

 甲板作業の邪魔をするわけにもいかないので、足早に退散することにした。アメリアと瀬里奈を呼び、更に後部へ向かっていく。


            *     *     *


 後部飛行甲板では、佳代子ら飛行科員がSH-60Kの整備を行っていた。白い機体には赤く丸い国籍マークが入っているが、所々塗装が剥げてきている。今は塗装を行う『お色直し』の途中らしい。


 佳代子は私たちに気づくと、最初は自衛官らしく敬礼を行うものの、それを解くと瀬里奈と同じ子供のように手を振ってくる。


「かんちょー! 何をされてるんですか!!?」

「艦内探検だ。瀬里奈が退屈していたものでね」

「あ、さっきのおばちゃんやん!」

「おば……わたし、まだ41歳なんですけど……」


 瀬里奈におばさんと言われ笑われた佳代子は、一転して暗い顔をしながら人差し指同士をつつき合わせてしまう。確かに言われて傷つく言葉ではあるが、まだ41歳という発言には私自身も疑問を覚えた。


「あは、ははは……そ、それより、すごく大きいですよね。どうやって空を飛んでるんですか?」


 一方のアメリアはかなり大人だったようだ。顔を引きつらせながら笑っていたものの、すぐに気持ちを切り替えたらしく何事もなかったかのように佳代子へ質問を投げかける。

 佳代子はまたもや一転して明るい表情を取り戻し、機体に手を添えた。


「ふふー、この機体はSH-60K、通称シーホーク! 機体上部の出っ張りに配置された2機のエンジンが上のプロペラを高速回転させて、それが作り出す揚力で空を飛ぶんですよ! 機銃や魚雷、対艦ミサイルも撃てますし、潜水艦の発見や偵察、輸送任務なんかもお任せあれですっ!」

「へぇー、鳥やドラゴンとは違うんですね!」

「はい! あたしたちが使っている飛行機はですね、鳥とは全然違う原理で飛んでいるんですよ!」


 佳代子は得意げに説明するが、私としては佳代子の手の方が気になっていた。あれはペンキ塗りたてではなかったか。

 そんなことなどお構いなしに、佳代子は得意げに大爆笑している。それが悲鳴に変わるのは時間の問題か。それをあえて言う必要はないし、彼女が悲鳴を上げる様を見てみたいという悪い心を持ってしまっていた。


「それより、ヘリ乗せてな! 空飛びたいねん!」

「あー、それはダメですね。今はペンキを塗り直して……ああああああああああぁぁあぁぁぁぁぁ!!」


 瀬里奈の言葉でようやく気付いたのか、佳代子はすぐさま手を機体から離した。手はペンキで真っ白になり、機体には佳代子の手形がハッキリと残ってしまっている。


「うう、そんなぁ……」

「アホや」

「あははは……」


 ジト目で悪態をつく瀬里奈と、引きつった笑いでその場を誤魔化そうとするアメリア。反応は違うが、どちらも佳代子を見下しているのだろうな、ということは何となくわかる。憐れむ気はないが、同情はしておこう。


 慌てて艦内に戻る佳代子を後目に、今度はあおばに配置されている2基の航空格納庫のうち、AH-1Zが格納されている右舷格納庫に入る。ヴァイパー3を収容する前は陸自の補給物資を格納する倉庫として使っていたが、元々あった物資は空いた兵員室や通路に放置されている。


 格納庫に入ると、瀬里奈が真っ先に声を上げる。


「はえー、今度は平べったいで!」

「ですね。さっきのがフグだとしたら、こっちは肉食の魚みたいな雰囲気です」


 格納庫に佇む明灰色の機体を見るなり、2人から驚きの声が上がる。こちらも整備途中だったようで、パイロットの三沢が私に敬礼する。


「お疲れ様です。ヴァイパーはいつでも出撃できます」

「出るような機会がないことを祈りたいものだが」

「本来なら、それを期待したいものですが」


 三沢はエンジンオイルで黒くなった作業服の上着を脱ぎながら言う。鍛え上げられた腕や腹、そして黒いトップスで覆われた小ぶりな胸が目につく。まさにパイロットの肉体と言うべきか。


 一方で瀬里奈は機体に近づき、興味深そうにロケット弾が収まった蜂の巣状の円柱形ポッドを覗いている。


「何なんこれ?」

「それはロケットランチャー、穴の全てにロケット弾が収められています」

「すっご……こんなにあるんや」

「今回の作戦では対戦車ミサイルや対空ミサイルも携行していますので、ドラゴンやオークが出ても支障ありません。16発の対戦車ミサイルを搭載すれば、16体のドラゴンさえ同時に打ち倒せる自信があります」

「すごい……これが、異世界の武器なんですね……」


 アメリアは息を呑みながら機体を眺めて回っていた。彼女にとってドラゴンは強大な敵、それを打ち倒せる存在には畏怖を感じるのだろうか。


「次に行こう。偵察作戦の開始まで時間が推している」

「あ、はい!」

「ちょっと待ってーな!」


 名残惜しそうにAH-1Zに背を向けると、私の方へ駆け出す瀬里奈。アメリアは隣にやって来た瀬里奈と手をつなぎ、微笑みながら彼女を眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る