23話 残された『国』

 外に出たらアカンって言われたけど、うちはそんな言いつけなんて守りたくなかった。

 ゲームもできん、船の外には出たらアカン言われる、自衛隊の人たちも遊んでくれへん。船に置いてきたから、勉強も無理。ただご飯食べて寝てるだけ。そんなの最悪や。


 通路から外に出ると、青い制服のおっちゃんやおばちゃんらが、せっせと働いてる。うちには何をしてるかサッパリや。

 けど、うちの目の前にあるのが何かはわかる。何日か前に乗ってた、アクアマリン・プリンセス号っていう豪華客船や。


 お父ちゃんとはぐれた船。あのエラい怖いドラゴンのせいで、うちは1人になったんや。

 けど、あの船にはおらん。お父ちゃんは海に落ちたんや。そう思いながら船を見てると、どっからか出てきたおっちゃんに声をかけられた。


「ちょっと君、危ないから部屋に戻ってなさい」

「嫌や! 何やねん一体、外出たらアカン言うし、ゲームもアカンって言われるし、そもそもご飯かて少ないやんけ! どうしたらええねん!」

「わがまま言っちゃいけないよ。みんな同じさ」

「ちゃうやろ! みんなは仕事できるやん! うちは何もできへんのやで!」


 うちが必死に訴えると、おっちゃんは眉をひそめて困った顔をしよる。

 こんなん話にならん。船が近づくのも遅いし、もううちの我慢も限界や。

 最後はおっちゃんに「バーカ!」って言いながら通路に戻った。うちの気も知らんで、説教垂れるのは勘弁してほしいわ。



 結局、何もすることがあらへん。いつもみたいに通路をうろうろして、たまに外の様子を見に行くくらいや。

 せやのに、半日経っても一向に進んでる気がせえへん。船もちょいと進んだだけや。どうなってんねん。


 とにかく、部屋にいても暇なだけや。外でも低い甲板は人が一杯おるから、上の甲板に出て船を眺めてることにした。

 扉を開けると、さっきと変わらん客船が見えるだけ。しょうもないにも程があるわ。


 せやけど、横にズラっと並んでた救命ボートの甲板に人がおるのが見えた。誰やと思ったら、何日か前あたりに一緒にカレー食べた艦長のおっちゃんと、隣に何人か女の子がいた。

 艦長のおっちゃんと同じくらい背が高い銀髪の女の子、っていうか女の人に、うちと変わらんくらいの背丈しかないツインテールの女の子、その中間よりちょい高いくらいの、頭が紫な女の子。


 どんだけ女の子囲っとんねん、って思ってると、銀髪の女の子がうちに気づいて手を振ってきた。

 しゃーないから、うちも手を振った。そしたら、女の子が笑顔で応えてくる。

 うちは別におもろないんやけどな。


            *     *     *



 アクアマリン・プリンセス周辺の測量が終了し、あおばが客船に横付けする作業に入った。

 あおば型などの日本製イージス艦にはサイドスラスターが無く、アクアマリン・プリンセスのサイドスラスターも座礁していて機能しないため、丸1日かけての作業になっていた。


 船内の食料を集めた後は、アメリアの希望であおばを見に行くことにした。この際なので、ロッタたちやアセシオンの騎士2名にも同行してもらった。

 プロムナードデッキに出たところ、あおばの船体が眼前に飛び込んでくる。


「これが船なのか? 帆がないということは魔動船だろうが、ここまで巨大なものは見たことがない」

「それはこの船だって一緒でしょ」


 アリサとパベリックは互いに顔を合わせながら、あおばの考察を重ねている。完全に圧倒されているパベリックとは対照的に、アリサはいささか余裕があるらしい。

 言い出しっぺのアメリアは、あおばの姿を見て興奮を抑えきれないようで、手すりから身を乗り出してあおばの威容を目に焼き付けていた。


「うわぁ、すごいです! これが『あおば』なんですね!」

「そうだ。我々に残された唯一の居場所であり、そして国だ」

「最後の、国……」


 ロッタは確かにあおばの方向を向いてはいるものの、目はどこか遠いところを見ていた。

 それをなだめるように、フロランスがロッタの頭を撫でる。


「大丈夫。きっと何とかなるからね」

「ええ……」


 この2人は帰るべき国を失った。我々と状況は同じ、考えていることも本当は同じなのかもしれない。

 私はともかく、部下をこんな目に遭わせるわけにはいかない。艦を守る責務を改めて心に刻み込んでいたところ、隣であおばを眺めていたアメリアが手を振っていた。


「おーい! おーい!」

「アメリア?」

「ヤザワさん、あっちに女の子がいますよ! そちらの世界の軍艦には子供も乗ってるんですか?」

「子供? まさか……」


 耳を疑った私は、あおばの甲板をくまなく見渡す。

 見つけた。予想通り、瀬里奈が後部ヘリ格納庫の上、後部VLS近くで小さく手を振っていた。


「全く、公開部署の連中は何をしているやら」

「ヤザワさん、あの子ったら寂しそうな顔してますよ?」


 アメリアが心配そうに言う。私は服装とシルエットでしか判別できないが、アメリアは遠くからでも表情を読めるほど目がいいのか。

 それはともかく、瀬里奈の浮かない顔は私にも察しがついている。


「ああ、この世界に来てからはずっと部屋にいるように言ってある。寂しいのかもしれない」

「他に子供は乗ってないんですか?」

「あの子は、この客船の乗客だった。この船が我々の眼前から消える前に助け出したんだ。親とはぐれ、救助できたのも3名だけだったせいで友達もいない」

「やっぱり、寂しいんですよ。構ってあげてください」

「そうしたいのは山々だが、我々は生きることで精いっぱいだ。気の毒だとは思うが、時間は限られるだろう」

「そうですか……」


 アメリアは呟くように言う。彼女も今の瀬里奈のような境遇を経験している。何か感じることがあるのかもしれない。


「さて、私は一度艦に戻らねばならない。フランドル騎士団とアセシオンの騎士の皆さんはこの船で待機を、アメリアは私と来てもらう」

「私ですか?」

「そうだ。君には現地協力者として、艦の行動指針についてアドバイスをしてほしい」

「は、はい」


 アメリアは当惑した様子だったが、一度幹部会議にアドバイザーとして参加してもらいたかった。この世界のことを知り、そして現状一番信頼できるのは彼女だけなのだから。


 一方で、アクアマリン・プリンセスに残ってもらうフランドル騎士団とアセシオンの騎士に対しては、あおばから監視員として警衛を派遣する。フランドル騎士団のロッタやフロランスは極めて協力的だが完全に信頼することはできない上、アリサとパベリックに至っては非協力的な上、彼らにとって形勢が不利なため、逃亡の恐れがあると判断してのことだ。

 部下を含む艦に対し全責任を負う以上、手を間違うわけにはいかない。


 一度アクアマリン・プリンセスを離れ、テンダーボートを経由してあおばに戻る。次の偵察作戦で全てが決まる。そのプレッシャーが影のようについて回っていくのを感じていた。

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