22話 求めるもの
フロランスは船内の大階段で待っていた。隣には従者と思しき軽装の女騎士が2名控えている。
「改めて、わたしはフロランス。フランドル騎士団の巫女です。お手柔らかにお願いしますね」
「こちらこそ」
少女の華奢な手が矢沢へ差し出される。どうやら握手の文化はこちらにも存在するらしい。矢沢はフロランスの手を取り、軽く握手を交わした。
「ヤザワさんでしたっけ、先ほどロッタちゃんから一部かいつまんでお話を聞きました。異世界から来訪した、と……」
「そうです。およそ4日前にこの世界へやって来ました」
「あなたたちの魔法とか、そういう類の技術ではないのね?」
「ええ、我々もなぜこうなったのか一切掴めていない」
フロランスは何か合点がいったのか、軽く笑みを浮かべて淀みなく続きを話す。
「それは多分、象限儀の力ですね」
「象限儀?」
「神が作りし12の秘宝の1つ、時空を超える力を与えるという象限儀。それが、あなたたちをこの世界へ呼び寄せたんだと思うわ」
「神の秘宝……はは、まさにファンタジックな話ですな」
矢沢は半ば笑いながら言うが、内心では気が滅入るほど狼狽していた。この世界には未知の力が多すぎる。
「あなたの世界はよく知らないけれど、この世界だと『神様』が数千年前に存在していて、世界を統治したと伝えられています。わたしもその力を使えるんですよ」
「まさか、時空を超える力を!?」
フロランスの言葉を聞き、矢沢は身を乗り出した。しかし、彼女はすぐかぶりを振る。
「いえ、違います。わたしが使えるのは、癒しの力。自然のエネルギーを受け取って、人や物を『癒す』力を持っているんです」
「癒す……?」
「そう。傷を癒したり、壊れたものを元通りにしたり。建物全体に魔法をかければ、そこに貯蓄していたけど使ってしまった食料なんかも元に戻せるんですよ」
「な、補給ですと?」
矢沢は耳を疑った。フロランスは確かに、失った食料を補給できる、と言っていたのだ。
「そう。あなたたちが乗ってきた軍艦も、整備や補給が必要でしょう? それを魔法ですぐに済ませられちゃいます」
「それは、本当か……」
「一度試してもいいんですよ?」
フロランスが言う通り、あおばの保守整備や補給を行えるのであれば、これ以上に心強いものはない。彼女が何を企んでいるかは未だ知れない部分もあるが、それはこの会談で知っておく必要がある。
「ということは、あなたの力を我々に提供する代わり、この船の所有権を一時的に譲ってほしい、ということですな」
「そうなります。こんなに途方もなく巨大な船なら、わたしたちの基地として使えます」
「だが、それは全く関係のない我々が反政府活動に手を貸すことになる。それはあってはならないことだ」
「それでもいずれ、わたしたちに手を貸してくれることになるでしょう。あなたたちは乗ってきた船を維持するために、わたしの力が必要になるはず。そして、双方の『敵』は同じですから」
「敵……ですか」
矢沢はロッタの話を思い出していた。
この地域を支配するというアセシオン帝国の近衛軍が乗員乗客を連れ去ったのではないか、という話だ。
しかし、一般的な『近衛』は君主を警護する役割を持つ。その近衛がなぜ辺境の地に出向いて、しかも船を待ち伏せたかのようにすぐ行動に移すことができたのか。
「1つ聞きたい」
「はい。なんでもどうぞ」
「この国の『近衛』とは、どのような存在でしょうか」
矢沢の問いかけに対し、フロランスは表情を曇らせる。
「アセシオン帝国は、その名の通り複数の民族や地域が集まって1つの国を形作っています。持っている軍隊も領主の部隊が主流です。けど、その軍団とは別に、皇帝が自らの命のみに従う軍隊を持っています。彼らは『国軍』と呼ぶには小規模なので、本来なら『皇帝軍』と呼ぶのが正しいと思います。ですけど、彼らは自分たちのことを近衛騎士団と呼んでいます」
「なるほど、呼称の問題と」
「実態は別だけれど」
アメリアの翻訳魔法における『ニュアンスの違い』はここでも発揮されるらしい。実態と名称の乖離、という部分まで正確に翻訳できるのだから。
しかし、問題はそこではない。問題は皇帝軍による連れ去りが『未確認情報である』という部分にあった。
情報のソースはロッタの話のみ。最悪の場合、フランドル騎士団全体が我々を騙している場合もあるのだ。
やはり、全ては偵察によるファクトチェックが必要になる。矢沢はそう結論づけた。
「わかりました。情報の判断は我々の偵察で検証することにします」
「その方がいいと思うわ」
フロランスは不快な顔を浮かべるでもなく、ただ優しげに微笑むだけだった。
だが、矢沢にはもう1つ聞いておくべきことがあった。
「最後に、時空を超える象限儀、という話ですが……」
「ええ、神の秘宝、象限儀のことですね」
「そうです。それがあれば、日本から応援を呼べる可能性がある」
「それは無理かもしれないわ。あの象限儀は1000年以上前に失われたもの。あなたたちが嘘をついていなければ、象限儀の力を受け継いだ人が時空をゆがませたことで間違いなさそうだけれど、その人を探すのはアセシオンの偵察を行うより難しいと思います」
「……でしょうな」
矢沢は冷静に言葉を紡ぐ。どうせわかっていたことだ。この情報は乗客の行方を遥かに凌ぐほど不確実性が高すぎる。現段階では検証不能と言ってもいい。
ならば、今行うべきは乗客の追跡による信頼性の検証しかあるまい。
どれだけ初動が速かろうと、3500人もの人間を遠くまで移動させるのは至難の業だ。特に、この世界のようにインフラが十分に整備されていないと思われる地域ではなおさらと言える。
「それでは、数日以内に情報の検証を行います。あなた方の情報が正しければ、陰ながら独立支援を行うことにしましょう」
「ええ、わたしたちからは、船の補修と補給物資の提供をお約束します。といっても、あなたたちの物資を復活させるだけですけれど」
「むしろ、それが有難い。隊員たちに今まで通りのインフラを提供できる」
矢沢は一礼だけすると、大階段を後にする。
期待半分、不安半分の複雑な心境だった。彼女らは嘘をついている様子はないものの、それでも安易に決断することはしたくない。
ドラゴンやアメリアとの接触で学んだことだが、この世界はあまりにも異質に過ぎ、そして妙に我々の常識と噛み合っている。
二律背反した世界だが、それは同時に『表裏一体』とも言える。
つまり、慣れてしまえばこちらのもの。情報を集め、一刻も早く行動を起こさなければならない。
矢沢は通信機を取ると、あおばに連絡を取る。
「こちら矢沢。船内に乗員及び乗客の姿は無し。内部には未知の勢力が存在した。これより、アセシオン帝国の偵察任務を開始する。4時間後に幹部会議を開く」
* * *
「よかったのですか? 彼らは──」
「ううん、いいのよ。女の子は狡猾でなくっちゃ、って誰かが言ってたし」
「警戒させてどうするのですか。彼は明らかに疑っています」
「何も後ろめたいことはないんだから、そう神経質にならなくてもいいの。わたしたちは、この船を貰うことだけを考えていればいいんだから」
「は、はぁ……」
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