21話 フランドル騎士団

 最上部の甲板に出た矢沢ら隊員たちとアメリア、ロッタは、彼女が捕まえてきた2人の兵士をロープで縛っていた。

 鈴音も目を覚まし、矢沢が経緯を説明すると共にロッタの地雷を踏みぬかないよう注意をしたところ、彼は「あんな凶暴幼女に手を出したらどうなるかは、身をもって知りましたよ」と苦笑いしながら軽口を叩き、他の隊員たちと共に周囲の警戒へ当たった。


 捕まえた女騎士は赤髪で背が高く、年齢は20代前半。持ち物を調べたところ、名前は『アリサ・マクファール』というらしい。


 プレートメイルの兵士は銀髪をオールバックにした、40代ほどの中年男性だった。持ち物から判明した名前は『パベリック・ブリスコー』、階級はアリサより上だろう。


 双方共に胸当てには紋章が2つほど刻まれていたが、片方は同じ紋章、もう片方は別のそれになっている。矢沢は別部隊かと聞くと、ロッタは頷いた。


 捕まえた2名の兵士が目を覚ましたところで、波照間が前に出てアリサへ声をかけた。


「ねえ、少し聞きたいんだけど、あなたたちはここで何をしていたの?」

「知らない」


 アリサはルビーのように赤く透き通った瞳を明後日の方へ逸らしながら、ぶっきらぼうに言う。


「言わないとタメにならないよ」

「関係ないね」


 もはや取り付く島もないな、と矢沢はため息をついていた。すぐに情報を引き出すのは無理らしい。


「おじさんの方は何をしていたんですか? この船、どう見てもこの世界のものじゃないと思うんですけど」

「命令だ。俺に聞くな」


 一方でアメリアはパベリックに話しかけていた。目線は同じ高さを維持し、なるべく優しく接しているように見える。それでも彼は目を瞑り、アメリアの姿を見ないようにしていた。


「困りましたね……これではよくわかりません」

「ここで油を売っているわけにもいくまい。もうすぐ私の艦がここに近づいてくる。話の続きはそこで行おう」

「捕虜を艦に連れ帰るんですか?」


 鈴音は訝しげに矢沢へ問いかける。


「その通りだ。時間をかけて尋問する」

「こいつらは何をするかわかりませんぜ。魔法なんてヤバそうな力を使う連中だ、客船に閉じ込めた方が都合がいいと思うんですが」

「それも考えたが、ここは帝国にバレている。艦の保全を考えれば、あおばを常にここへ貼り付けているわけにもいくまい」

「……承知しました」


 鈴音は少し考えた後、事務的に返答する。どうやら鈴音も納得してくれたらしい。

 一方、ロッタも矢沢に話があるようで、彼へ声をかけた。


「ヤザワとやら、我らは拠点を必要としている。この船が大事なものだということは理解したが、当の乗員たちは既に連れ去られているのだ、ここは船を譲ってもらえないか」

「返事はできない。今は情報収集が先決だ」


 矢沢はロッタの言葉を一蹴した。ここで安易に頷くと、あおばの立場を固定化しかねない。ここで1つの国を敵に回すようなことはしたくないのだ。

 だが、ロッタは負けじと食い下がる。


「ならば、この船の乗員を奪還するまででいい。我らには安心できる寝床が必要だ」

「その確約も今はできない」


 矢沢は考えを曲げようとはしなかった。たとえ彼女ら騎士団が敵対せず協力者になったとしても、この船はいわば遭難者たちの唯一の家だ。そこに反政府軍を匿うとなれば、自ずとアセシオン帝国と敵対することになる。

 そこに、捕虜にした近衛兵のアリサが話に割り込んでくる。


「おじさん、気を付けた方がいいよ。その子はアセシオンの各地で破壊活動を行う危険分子、気を許すと裏切られるかもよ?」

「だからと言って、君たちを手放しで信頼するわけにもいかない。勝手に他者の船へ乗り込んだ挙句、正式に救助要請を受けた我々の断りなく船を調べまわっていたのはどちらも同じだ」

「それを言うのであれば、お前たちとて同じこと。他国の領地へ勝手に上がり込んだだろう」


 パベリックが矢沢をじっと睨みつける。矢沢にとって一番触れてほしくない話題だったが、話をすり替えて対処することにした。


「この地域はダリア王国の領土だと聞き及んでいる。つまり、アセシオンの関係者の出る幕はない」

「何だと!」

「まあまあ皆さん、落ち着いてください……」


 パベリックは矢沢の返答に逆上し、アメリアはそれをなだめようと2人の間に割り込む。もはや話はまとまりが無くなっていった。

 矢沢や捕虜たち、ロッタの非難の応酬が続く中、横から波照間が割り込んで矢沢に耳打ちをした。


「艦長さん、船首方向から複数名が接近中です。どうしますか?」

「戦闘態勢を取れ。相手にはそれを悟らせないよう慎重にな」

「了解」


 波照間は頷くと、近くで警戒に当たっていた鈴音や大宮、佐藤にハンドサインを送る。3人はそっと物陰に隠れ、接近者をいつでも攻撃できるよう布陣を整えた。


「来たか」


 彼らが近づくと、ロッタはそちらへ顔を向けた。騎士たちや矢沢もそちらへ目をやった。

 先頭はアメリアと同年代と思しき少女が歩いており、周囲は彼女を守っていると思しき軽装甲冑を着込んだ男女が取り囲んでいる。


「あら、アメリアちゃんじゃない。元気かしら?」

「あ、えーっと……最近はちょっと立て込んでて……」


 おおよそ、その場には全く似つかわしくない柔和な雰囲気を湛えつつ、アメリアに笑顔を投げかける少女。矢沢は警戒しつつ少女や周囲の騎士たちを入念に観察する。

 騎士たちは矢沢や騎士たちを見て腰を落とし戦闘態勢に入るも、少女はそっと制止した。


「待って。お話をしている様子だから」


 少女はアメリアと違い前髪を流しており、長さはセミロングを保ってはいるものの、ややボリュームある髪型をしている。額の上には純白の巨大なリボンをつけていた。

 服装は髪の色と同じくバイオレットの着物であり、下半身の丈は膝より高い。西洋風の巫女服といった雰囲気だが、動きやすいようにかなり手が加えられているようだ。背中にはロッタと同じく剣と盾を模した紋章入りのマントを羽織っている。生地はロッタのそれとは違い、白ではなく黒に近い紫だったが。


 その紫一色の少女はロッタと捕虜たち、アメリア、そして矢沢を見つめると、納得したように手を合わせた。


「お見合いかしら? ロッタちゃんもお年頃なのね」

「そんなわけがあるか! 捕虜を尋問しているところだ!」

「あら、そうなのね……」


 ロッタに怒鳴られ、萎れた花のようにしゅんと俯く少女。アメリアは呆れたように肩を竦めていた。

 一方の矢沢は彼女が誰なのかわからない。アメリアに耳打ちをする。


「あの子も知り合いか?」

「はい。元ダリア王国首都の神殿で巫女をしていた、フロランスという人です。奇跡の魔法を使える巫女で、今はフランドル騎士団のシンボル的な存在になっています」

「この世界の人間をして、奇跡と言わしめる術か……」


 アメリアの言葉通りならば、本来は要人に相当する。こんなところで何をしているのか、まさにそれが気になった。


 だが、ここで自ら話しかけると警戒されてしまう恐れがある。矢沢はそのまま黙り込み、あえて向こうから話しかけてくれることを待ちながら騎士たちの観察を行うことにした。

 その間、フロランスと呼ばれた少女はアメリアに近づいて軽く会釈をする。


「それにしても、アメリアちゃんってば、こんなところで何をしているの? 村の警備とかあるんじゃないのー?」

「いえ、今日はこの船を調査しに来たんです」

「この船の……?」


 フロランスの表情に翳りが生じた。


「そうだ。この矢沢という人物がこの船の所有を主張している」

「うーん、船はわたしたちが欲しいし……どうしようかしら?」


 ロッタが矢沢を指差してフロランスに訴えかけると、ますます彼女の表情が暗くなっていく。

 ここで交渉に入るべきか。矢沢は息を呑んだ。

 アメリアも矢沢の意を汲んでか、フロランスをじっと見つめながら口を開く。


「この船は異世界から来たんです。そして、このヤザワさんという方も同じ異世界から来ました。この場で正当な所有権を主張できるのは、この方だと思います」

「あらー、そうだったのね」


 フロランスは何度か頷くと、矢沢の方へ向き直る。


「わたしはフロランス・ジョエル・ド・フリードランド。ダリア王国の守りの巫女をしています。よろしくお願いしますね」


 恭しくお辞儀をした後、笑顔を浮かべる少女。天真爛漫な姿を見て、彼女ならばまともな交渉ができるかも、と考えていた。


「私は矢沢圭一、海上自衛隊の1等海佐です。軍艦の艦長、と納得していただければ」

「では、艦長さんね。うふふ」


 柔和な性格をしていながら、どこか掴みどころがない少女だな、という印象を矢沢は受けた。場合によれば、オルエ村の村長やロッタより強敵かもしれない。

 そして、フロランスは笑みを浮かべたまま言葉を継いだ。


「できればですけど、この船をお貸しください。お礼はちゃんとしますから」

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