20話 敵対者

「ほう、異世界から流れてきたとな。神の御業だな」


 護衛艦あおばが遭遇した異世界漂流について簡潔に説明を終えると、ロッタは腕を組んで頷いていた。


「そういうことだ。次は私から質問をしたいのだが、いいかな」

「好きにしてくれて構わない」

「では、君たちがここにいる理由を説明してほしい。この船で何をしていたのか、この船の乗客はどこへやったのか」


 矢沢は単刀直入に切り出す。彼女のように思っていることをはっきり口にするようなタイプでは、誤魔化しなど婉曲的な質問は意味がないと判断してのことだった。

 ロッタは間髪容れず、平然と返答する。


「この船を乗っ取るためだ。これだけ巨大な船なのだ、修復すれば移動基地にできるだろう」

「乗っ取る?」


 矢沢は全身に力を込めた。

 この少女は敵対者かもしれない。もしそうであれば、捕虜にしてフランドル騎士団に譲歩を迫り、今すぐ破壊活動を停止させなければならない。

 一方のロッタも厳しい顔を矢沢に向ける。


「貴様、我と矛を交える気か。ということは、帝国の手先なのだな」

「帝国の? ありえませんよロッタちゃん、この人たちは魔法のことさえ知らなかったんですよ!」

「それはどうか。お前たちを油断させるためのフェイクかもしれんぞ?」

「そ、そんなことはないですっ! ヤザワさんもやめてください!」


 アメリアは敵対姿勢を見せる矢沢とロッタに対し声を荒げるが、矢沢は未だに緊張を解こうとしない。


「私はこの船の乗員乗客3500名を救助するためにここにいる。破壊活動を停止しなければ、君を捕縛しなければならない」

「3500人だと……?」


 戦闘態勢を取り険しい顔をしていたロッタだったが、すぐに表情を崩した。


「我らが確認しているのは、26名の小隊規模だ。3500名もいるなど知らん。確かにこれほど途方もない巨大な船ならばそれくらい乗りそうなものだが」

「知らない?」


 矢沢は思わずオウム返しをする。


「そうだ。ここに来た時は既に26名しかいなかった。しかも、全員がアセシオンの皇帝が保有する近衛騎士団の兵士だ。お前が言う『乗客』はここに来た時から既にいなかった」

「ということは、連れ去られた後だったのか」


 矢沢は緊張を解き、周囲を見渡した。

 3人以外は誰もいない、やけに静まり返った船内。ここに3500名もいる様子はなかった。

 ロッタは言葉を続ける。


「おそらく、近衛に連れ去られたのだろうな。皇帝は周辺国や地域を占領することで奴隷の獲得に躍起になっている。そこにどこから来たかもわからん難民が流れ着いたら、真っ先に奴隷にするに決まっている。根こそぎ連れ去ろうと誰も文句を言わない。この国は国力の拡大を狙っていて、そのためには金銀や人員が必要になっているのだ」

「奴隷……」


 矢沢はロッタの言葉に戦慄していた。彼女の言う通りなら、この船の乗員乗客3500名は全員が連れ去られ、奴隷として売買されるかもしれない。

 事実確認を急ぐ必要がある。矢沢はインカムで部隊に集合命令をかける。


「こちら矢沢。船の侵入者と遭遇した。直ちにプロムナードデッキの寿司バーへ集合せよ」

『『『了解』』』


 全員からの返答があったところで、矢沢は再びロッタに目をやる。


「私はこの船を保護する責任を負っている。乗員乗客が本当に奴隷として売買されようとしているのなら、見過ごすわけにはいかない。そのためにも事実確認をする必要がある」

「そうか。では近衛兵を何名か捕まえてこよう。それでわかるはずだ」


 ロッタは不敵に笑うと、外部デッキに向かって走っていった。


「ごめんなさいね、あの子ったら喧嘩っ早くて」

「いや、結果的に行き違いが起こらなかっただけよしとしよう」


 アメリアは頭を下げて謝るが、矢沢は制止した。そもそも彼女の責任ではないのだ。


            *     *     *


 数分後、寿司バーの前に部隊全員が集合し、矢沢が遭遇した少女のことを隊員たちに伝えた。

 だが、幼女だと伝えると途端に鈴音が笑い飛ばした。


「はははっ、艦長も人が悪いですぜ。幼女が剣を持って脅してきたって、そんなバカな。コスプレでもしてたんじゃないですかね?」

「いや、彼女が放つ殺気は本物だ。君も用心した方がいい」

「いや、だからって幼女──」


 鈴音の陽気な声は強制的に中断させられた。何の前触れもなく背後から人が飛んできて、彼を直撃したのだ。鈍い金属音と共に飛ばされてきた露出度の高い女騎士は鈴音に折り重なるように倒れ込んだ。

 その場に現れたロッタは、左手だけで黒いプレートメイルを着込んだ兵士を引きずりながら自衛隊員たちをじろじろと見まわしている。


「急に仲間が増えたな」

「失礼なことを言っていたことは謝るが、できるなら私の部下に手を出さないでほしい」

「……善処する」


 ロッタは顔色一つ変えず引きずっていた兵士を離すと、鈴音にぶつけたもう1人の女騎士を隣に並べた。

 その様子を見ていた大宮や佐藤、波照間は互いに目配せをしつつ、何かを察したのか頷き合っていた。

 矢沢は気絶した鈴音の体を起こしながら、ロッタに顔を向ける。


「みんなに紹介しておきたい。彼女はシャルロット、どうやらアセシオン帝国に反抗する反政府組織らしい」

「こんな世界にも反政府組織がいるとは……」


 大宮は膝をついてロッタと同じ目線を維持し、彼女を嘗め回すように眺めている。性的な関心は見えず、純粋に好奇心からロッタを気にしているようだ。


「同時に、新たな情報が手に入った。彼女曰く、アクアマリン・プリンセスの乗客はアセシオン帝国の軍隊に連れ去られたようだ。奴隷貿易の商品にされるとの見方を示している」

「奴隷だって……」


 波照間や大宮、佐藤に加え、アメリアも神妙な面持ちで矢沢に目を向ける。


「だが、この情報は単なる憶測に過ぎない。そこで、近隣の調査を行うことにする。この船から燃料と食糧をあおばに補給しつつ、アセシオン帝国の情報を収集して元の世界に帰る手段と乗客の捜索を並行して行うこととする」

「「「了解」」」


 隊員たちは一斉に矢沢へ敬礼する。

 やるべきことが見えてきた。矢沢は順調に事が運びつつあることを喜ばしく思っていた。

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