19話 他者と魔法と
船はドラゴンに開けられた穴と海底の接触面から浸水しているものの、船自体を沈めるほどの損害ではない。
甲板上には所々血しぶきや破壊された跡が存在する。それらはドラゴンが攻撃を加えた箇所と見ていいが、その中には人間がつけたらしい傷も存在していた。
『こちら佐藤。不審な焼損跡を発見しました。14フロアのビュッフェレストランに来てもらってもよろしいでしょうか』
「承知した。全員、ビュッフェレストランに集合」
衛生科の佐藤の要請を受けて、部隊全員がレストランに集合する。
佐藤が発見したのは、レストラン入口の床に張り付いた丸く大きな焦げ跡だった。厨房からは離れている以上、意図的に誰かが放火したに違いない。
アメリアはその焦げ跡に手を当てると、神妙な顔で口を開く。
「間違いありません、魔法の跡です。炎魔法で床に火を放ったんだと思います」
「被害者の有無は?」
「ただの威嚇だと思います。これ以外に魔力の痕跡はありません」
「ということは、乗員乗客は誰かに連れて行かれたのか」
矢沢は息を呑んだ。ここで何が行われていたか、容易に想像ができるからだ。
レストランは食事の用意がされておらず、テーブルも部屋の隅に固められている。乗客たちはここを集合場所にして待機していたが、侵入者に脅され仕方なく従い船を離れたのだろう。
「引き続き調査を行おう。各員、不意の遭遇に注意せよ」
「「「了解」」」
矢沢を除く5名が返事をした時だった。フロア全体が小刻みに揺れたのだ。
振動は断続的に続き、船の装飾品をカタカタと振動させる。
「これは……」
アメリアは何かに気づいたのか、鋭い目を床に投げかけている。
「どうした?」
「強い魔力の波動です。波動の強さから考えて、おそらく誰かが戦っているんだと思います。下の階から響いてきますけど、具体的な場所は……」
「よし、階段で下のフロアへ移動し偵察を行う。戦闘が行われているのなら、近づけば場所は特定できるはずだ。全員、私についてくるように」
「「「了解」」」
矢沢の合図で部隊は行動を開始。階段を下りて振動の発生源を捜索する。
広く入り組んだ客船の内部でも、ESM装置の役割も果たすらしいアメリアの魔法防壁は魔力発生源をしっかり捉えていた。客室が固まる数フロアを駆け下り、ラウンジやレストランが集まるプロムナードデッキに出ると、矢沢たちを制止する。
「このフロアです。数十名が各所に分散して戦っているようですので、気を付けてください」
「でも、お客は誰もいなくなったのに戦闘なんて起こるわけ?」
波照間の疑問は至極もっともなものだった。いるとすれば、侵入者の調査部隊くらいなものだろう。
しかし、現に戦闘が起こっている。片方の勢力は誘拐犯だろうが、もう片方の勢力は全く未知の勢力だ。
アメリアは壁に隠れて姿勢を低くしながら、矢沢に耳打ちする。
「今戦っている勢力の片方は、もしかするとフランドル騎士団かもしれません」
「フランドル騎士団?」
「つい最近、アセシオン帝国に吸収されたダリア王国の神官戦士たちです。領土はオルエ村の西側から北の山脈向こうまであったんですけど、今はほぼ全体がアセシオンの有力貴族の領地になっているんです」
「なるほど、要は反政府勢力か」
「そう考えてもいいと思います。前々から拠点を探していたので、ここを拠点化する考えかもしれませんね」
亡国の権力者が反政府勢力に変貌することは歴史的にもよくあることだ。連合国側のフランスとして戦った自由フランス、冷戦崩壊まで存在したポーランド亡命政府、日本で言えば南朝として知られる室町時代の吉野朝廷が有名だろう。
彼らもここにいるということは、この船の存在は矢沢たちの予想より広まっていることを示している。
「わかった。彼らの戦闘が収まるまで身を隠す。各員は敵と接触した場合に備えて反撃準備を怠るな。遭遇した際はその場のコンディションに応じて、交渉、無力化のオプションを各個判断で取るように。戦死も捕虜も許可できない。以後は2名に分かれて行動せよ」
「了解」
矢沢が指示を出すと、隊員たちが小さくもしっかり返事をする。
危険な戦場に踏み込むものの、あくまで偵察目的であり戦闘は自衛と離脱のために行う。そのことをアメリア以外の隊員は言わずとも了承しており、各々が頷きあって2名ずつに分かれてフロアに散らばっていく。
* * *
矢沢はアメリアと共に行動することになり、気配を伺いながら寿司レストランへ移動していた。一番近い場所な上、強い魔力を感じるとアメリアが言っていたためだった。
そのアメリアを先導に、2メートルほど離れながら矢沢がついていく。
「本当にこの辺りなのかね?」
「今は静かですけど、互いに姿を見失って探しているのかもしれません」
「君のように魔法防壁でわかるのではないのか?」
矢沢は前から思っていたことを質問する。魔法防壁とやらは何かはわからないが、とにかく魔法を使う原動力であるのは確かだ。アメリアが使えるなら、他の人物も使えるのではないのか。矢沢は至極普通にも思える疑問を呈した。
アメリアは顎に人差し指を当て、少し考えながら口を開く。
「前にも話したと思いますけど、魔法防壁の性質は先天的な才能のように形が違っていて、私のように翻訳補助から戦闘まで多彩な術を扱える防壁もあれば、フランドル騎士団の団長さんのように戦闘特化の防壁もあります。こういった戦闘にも使える魔法防壁は、外部からどんどん魔力を吸って収束させ、強力な魔法を使うことができるんです」
「つまり、単純な戦闘力は君より強い反面、汎用性には劣るわけか」
「そう考えてもらって大丈夫です」
アメリアは神妙に頷く。
だが、その直後に血相を変えて矢沢の手を引いた。
「あ、アメリア、どうした!」
「居場所がバレました! すぐに逃げましょう!」
アメリアは駆け出そうとするが、すぐに動きを止めた。
彼女の鼻先に、剣の切っ先が突きつけられていたからだ。
「どこへ行こうと言うのだ、オルエ村の守護者よ」
「……っ」
アメリアは照明の光を照り返す剣を見据えながら、息を呑んで剣の主を見下ろした。
剣を向けていたのは、小学生の瀬里奈より身長の低い少女だった。肩にかかる程度のツインテールをしているせいで、余計に幼く見えてしまう。
おまけに、銀白色に輝くプレート状の胸当てとピンクのスカート、そして白いマントと、ファンタジーゲームやイラストでよく見る露出度の高い女騎士のような格好をしているせいで、余計に子供のコスプレか何かに見えてしまう。
だが、矢沢はコスプレ少女にただならない気迫を感じていた。獲物を狙う鷹のように鋭く、鍛え上げられた剣のように一切の歪みもない目を、ただアメリアに投げかけていた。
普段見慣れた自衛官より、遥かに戦士然とした少女。矢沢は無意識のうちに、89式小銃のトリガーガードに置いた人差し指に力を込めていた。
少女はふと矢沢を一瞥するが、すぐにアメリアへ視線を戻した。
「黙っていてはわからん。早く答えよ」
「あはは、相変わらずあなたは喧嘩っ早いですね」
アメリアはため息をつくと、体の緊張を解いて剣を手で押しやった。
矢沢は訝しげにアメリアと小さい少女の交互に目をやるが、まるで2人の関係性は見いだせなかった。
「アメリア、この子は誰だ?」
「えっとですね、さっき言っていたフランドル騎士団の団長さんです。名前はロッタちゃん」
「違う! 我はシャルロットだと何度も言っている!」
「でも騎士団の皆さんからはロッタちゃんって呼ばれてるんですよね」
アメリアはニコニコと微笑みながら言うが、矢沢にはどうしてもからかっているようにしか見えなかった。
こんなに小さな子供が本当に騎士なのか。全く信じられずにロッタと呼ばれた少女に問いかける。
「君は騎士だというが、私にはそう見えない」
「信じられないというのなら、今すぐ手足と首を切り伏せてやってもよいのだぞ」
先ほどと同じ強い眼力で矢沢を圧倒するロッタ。剣には力が入っており、かすかに陽炎をまとっているようにも見える。
これ以上無駄口を叩けば確実に命はない。長年の勘で察知した矢沢は相手を刺激しないことにした。
「わ、わかった。君が戦士だということは私にもわかった」
「それでよい。して、お前は何者だ」
「私は矢沢圭一、この船と同じ国から来た軍人だ」
「どこの軍隊だ? そのような恰好や装備は見たことがない」
ロッタは疑うような目を向けながら剣で小銃を小突いたり、矢沢が身に着けている灰色のタクティカルベストを引っ張ったりして入念に装備をチェックしている。興味を持った子供のような趣だな、と矢沢は考えていたが、口に出してしまえばどうなるかわからないので心の隅にしまっておくことにした。
「日本国という異世界の国家が保有する、海上自衛隊という組織だ。軍艦の艦長をしている」
「異世界だと……? いや、それより非礼を詫びたい。私はシャルロット・ジャンヌ・ド・ノルマンディー、フランドル騎士団の団長を務めている」
ロッタは日本という名前を聞いた時こそ怪しんだ様子だったが、すぐに立場を理解したのか剣を鞘に納めつつ、矢沢に握手を求めた。
どうやら積極的に敵対する様子はなさそうだ。矢沢は内心ほっとしながら、ロッタの握手に応じるのだった。
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