18話 朽ちた宝石

 高機動車で位置を確認した後は、哨戒ヘリのSH-60Kが合流して部隊を空輸することになっていた。高機動車はヘリでやって来た交代要員が村まで運転し、乗船部隊は砂浜でヘリに乗り移って船へ向かうことになる。

 改めてヘリコプターを見たアメリアは、高機動車より大きな機体に圧倒されていた。


「これが、空飛ぶハコフグ……いえ、へりこぷたー、ですか」


 アメリアはSH-60Kの隅々まで見回すと、恐る恐る機内へ乗り込む。機体は地面に着陸できないので地上数十センチでホバリングを行っていたが、アメリアは魔法のアシストでジャンプし軽々と中へ入った。


「アメリアちゃんは身軽だなぁ」

 よっこいせ、と呟きながら大宮が乗り込む。野太い声のせいでアメリアは一瞬ビクつくが、すぐに返事をする。


「えっと、実は魔法で身体能力の補助をしているんです。体も鍛えていますけど、それでも限界はあるので……」

「全て魔法に任せてはいないんだな」

「もちろんです。魔法は便利ですけど、それでも体は資本ですから!」

「いい心がけじゃないか!」


 大宮はアメリアの笑顔につられて破顔した。この少女の笑顔は自然と周りの空気を和らげてくれる。


 矢沢はやはりアメリアを連れてきてよかった、と心から感じていた。他の村人を押し付けられていたら、何が起こっていたか想像もつかないが、少なくともいいことは起こり得なかっただろう。


 そのアメリアは、ヘリが浮き上がるとさらに興奮しながら外を眺めていた。


「すごいです! 本当に空を飛んでいます!」

「あたしたちの世界には、もっとすごいのが一杯あるわよ! 地球に帰れることになったら、アメリアちゃんも来てみる?」

「私が、異世界に……ですか」


 波照間は冗談めかして言うが、アメリアはよそよそしく目を逸らした。先ほどまで空中散歩を楽しんでいたのが、打って変わって沈んだ顔をしている。


「アメリアちゃん?」

「ごめんなさい、なんでもありません」


 波照間が顔を覗き込むと、アメリアは誤魔化すように顔の前で両手を振って否定した。


 アメリアは、あの村に拾われたよそ者だと言っていた。だとするなら、恩義を返すよう村長から厳しく刷り込まれていたとしても不思議ではない。

 矢沢はアメリアを諭すように言う。


「アメリア、人生は一度きりだ。後悔しない方を選ぶといい」

「後悔しない方……」


 アメリアはヘリの振動に揺られながら、眼下に広がる海原と島のように大きな船影を見渡す。


 この4日間、彼女の身に起こったことはそれまでの常識を大きくひっくり返すような事態だったに違いない。あの村は世界に比べればあまりにも狭く、そして彼女には厳しすぎる。

 だが、矢沢にアメリアの人生をどうこうする資格は持たない。あくまでアメリア自身が考え、そして決断を下す必要があるのだ。

 アメリアは矢沢に目を合わせると、柔和な笑みを返す。


「私は、まだどうしたいのかわかりません。けど、人生はまだ100年以上あるんですし、もう少し考えて決めてもいいかなって思ってます」

「それでいいだろう。君には便宜を図ってくれた恩もある、何かあれば遠慮なく相談してくれていい」

「えっと、わかりました。何かあれば……」


 アメリアはややはにかみながらも、矢沢にお礼を言う。お節介だとは思っているが、それでも頼りっぱなしは不健全だと矢沢は思っている。


            *     *     *


 客船『アクアマリン・プリンセス』は、ダイヤモンド級客船の3番船として就役していた大型客船だった。日本近海を航行中にドラゴンの襲撃に遭い機関を損傷、なすすべもなく漂流していたところをイージス護衛艦あおばに救助された。

 しかし、客船はイージス艦を巻き込んで異世界に飛ばされ、あおばは通信不能のまま沖合で立ち往生、アクアマリン・プリンセスは何らかの原因で座礁してしまった。


 ヘリは豪華客船の直上でホバリングを行い、船橋後部の円型テラスに部隊を降ろしていく。6名全員が降りたところで、ヘリはアクアマリン・プリンセスに向かいつつあるあおばに帰還していった。


 上から見ても動くものは船上には見えず、さざ波が船体を打ち付ける音と海鳥の鳴き声だけが甲板上を支配していた。

 船の様子が明らかに異常だった。救命ボートは全て降ろされ、そのうちの半分が船体に横づけされている。

 矢沢は円型デッキから甲板に降りると、89式小銃を構えて周辺を警戒。敵がいないことを確認すると、アメリアや隊員たちに降りてくるよう指示を出す。


「よっと。空から見ても大きいですけど、甲板から見たら桁違いですね! まるで島にいるみたいです!」

「この船は客船でも特に巨大な部類にある。私も乗るのは初めてだ」

「あたしは帰ってきたって感じですけどね」


 アメリアと矢沢が話をしていると、波照間が茶々を入れてくる。元々彼女はこの船の乗客であり、かがに搭載されていたSH-60K「エグゼクター1」に収容されている。

 出航時からあおばに搭載されていたSH-60L「ブラックジャック1」の行方は未だ不明。矢沢はかがに収容されたと考えているが、かがも消えてしまった以上、事実は闇の中だ。

 事前に話を聞いていたアメリアは波照間に話を振った。


「香織さんって軍隊の兵士なんですよね。何十日も航海する船に乗っても大丈夫だったんですか?」

「あたしはいいの。休暇を長くとってたし、上司の人からオッケーもらったから。それに、たった3日間のクルージングだったし」

「くっそー、羨ましいったらありゃしねえぜ」


 波照間の長期休暇の話を聞きつけた鈴音は恨めしそうに彼女へすり寄る。


「海自の隊員さんは飽きるまで船に乗っていられるからいいじゃないですか」

「飽きても乗らないといけねえし、そもそも客船なんかとはワケが違うから問題なんだよな。飯はうまいけどさ」

「あ、わかります! あおばのご飯っておいしいですよね」


 いつの間にやら波照間と鈴音は食事の話で盛り上がっていた。この2人は意外と馬が合うのかもしれない。

 とはいえ、今は楽しいおしゃべりの時間ではない。関係のない話を中断させるため、矢沢は以前から気になっていた話をアメリアに振る。


「ところで、村長が言うには守護者になれるのは15歳からだというが、アメリアは何歳なのかね?」

「あっ、艦長さんったらまた女の子に年齢なんて聞いて!」


 矢沢が思った通り、アメリアに年齢を聞いた矢沢を波照間が怒ってきた。波照間2尉はどうやら彼には厳しいらしい。


「いえ、別にいいんです。私は17歳で、2年ちょっと守護者をやってます」

「17歳か。日本ではまだ高校生だというのに」


 アメリアから年齢を聞いて、改めてこの世界の厳しさを痛感する。本来なら彼女は勉学に励むべき年頃だというのに、命を賭して戦場に出ているのだから。

 それでも、アメリアは自身の境遇を悲観することなく、笑顔で続ける。


「守護者って、村では長男ではない男性がする職業なんです。でも、私は裕福な家の出身で、魔法の勉強もしっかりできたので、女ですけど守護者の統括をしています。よそ者の女の子でもやればできるんだって、村の女の子たちに伝えられるのが嬉しいんですよ」

「ふむ……」


 作り笑いとわかる笑顔を向けるアメリア。矢沢は反応に困ったが、ここは冷静に客観的な感想を述べることにする。


 女性の地位向上という話は、あおばの艦長である矢沢にとっても無関係ではなかった。


「我々が乗る護衛艦あおばは、特に女性乗組員の採用を重視した艦だ。君のような活気ある女性が多く乗り組んでいる。君があおばと出会えたのも、もしかすると運命なのかもしれないな」

「運命……ですか」


 アメリアは宝石のように輝く水平線を見ながら感傷に浸っていた。

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