17話 車と馬

「ふむ、こんなものまであったとは……」


 矢沢はオルエ村の郊外を走る街道に鎮座するそれを見て、改めてあおばが運んでいた陸自物資の豊富さに驚いていた。


 カーキ色に塗装された10名乗りの大型車両で、普通乗用車というよりトラックという印象を受ける角ばった車体が特徴的だった。後部の荷台には防弾ガラス、運転席と荷台の壁には防弾板を配置されており、エアコンも完備されている。国際派遣仕様の高機動車だ。

 厳しい環境である中東で活動する陸自のために、追加物資として分解された部品の状態で搭載されていたものだ。それを飛行科の整備員や補給科、波照間の手伝いで組み立て、あおばの発電用ディーゼル燃料を入れている。


 組み立てが終了した高機動車は、すぐにでも発進準備ができている。同じく補給物資だったらしい女性用の陸自迷彩服に身を包んだ波照間が運転席に着席する。


「車体のチェック完了、いつでも出発できます!」

「待ってくれ、アメリアがまだだ」


 元気いっぱいに報告する波照間を矢沢が制止する。三日前に頭を強打して流血までしたはずだが、本人は衛生長の大松からの忠告を無視して今回の作戦に志願していた。

 その変な方へ向いた精神の強さには呆れるばかりだったが、むしろ今の状況に絶望せず楽しんでいるようにも見える彼女のスタンスが、矢沢は少し羨ましかった。


 近年、自衛隊は海外派遣に積極的になっている。PKOや難民救援、災害派遣の他、海外での本格的な軍事作戦も視野に置いた運用さえ行われている。あおばの派遣目的だった海賊対処に加え、日米豪印の軍事演習がその最たるものだ。


 東アジアでは中国が空母を3隻も就役させ、軍事バランスの著しい変化が起こっている。いつ戦闘に参加するかわからない状況に自衛隊は放り込まれているのだ。


 そして、我々は思いもよらない形で戦闘を経験してしまった。異世界での巨大生物襲撃で波照間は一番大きく負傷しており、恐怖心も抱いているに違いないというのに、ケガも治らないうちから陸上作戦に参加している。彼女の胆力は相当なものだ。


「すみませーん! 遅れましたー!」


 ぼんやりと考えを巡らせていると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。矢沢が街道を見回すと、太陽が出ている方から先日知り合ったばかりの少女と数名の部下たちが走ってきていた。

 アメリアと、彼女の迎えである鈴音たちだった。


「よく来たな、わざわざすまない」

「いえ、村の恩人の頼みですから」


 アメリアは控えめに微笑む。

 だが、すぐに矢沢の脇にある巨大な箱に興味を示した。


「えと、これは……?」

「自動車という乗り物だ。これに乗って移動する」

「これが乗り物っていうことは、これも空を飛ぶんですか?」

「いや、空は飛ばないな」


 アメリアが首を傾げながら聞くと、周囲の隊員から苦笑が漏れる。一足先に高機動車の荷台に飛び乗った鈴音は、アメリアに手を伸ばした。


「ほら、来いよ。オレたちの世界を体験させてやるぜ」

「は、はい!」


 アメリアが鈴音の手を借りて高機動車に乗り込んだのを確認し、矢沢も続けて荷台へ飛び乗った。

 興味を示しながらも、少しばかり怯えた表情で席に着くアメリアに、矢沢は少女の初々しさを感じていた。同時に、このような子どもが危険な戦場に立たなければならない過酷な世界の厳しさも。


            *     *     *


「わ、わっ!」


 アメリアは高機動車が道路の小石を踏んで揺れる度に小さな声を上げる。シートベルトはしているが、それでも慣れないせいで恐怖心を抑えられない。

 その様子を面白がっているのか、波照間は前を見たままアメリアに声をかける。


「どう、うちの高機動車の乗り心地は?」

「えっと、すごく変な感じです! 馬とは違って、なんだか変な揺れ方をするんですね」

「馬? この世界にも馬がいるのか」

「あ、えーっと……うま?」


 アメリアは矢沢の疑問に首をかしげる。当の本人が馬と言い放ったのになぜだと疑問に感じていると、しばらく逡巡していたアメリア自身が納得したような顔で答える。


「あー、それはですね、魔法防壁での翻訳は『ニュアンスを拾う』と言いましたよね? これは定義の問題なので、特に注釈をつけない限り通じる言葉や文脈に置き換えられちゃうんですよ。あなた方が想像する『ウマ』と、私たちが想像する『ヘリオソス』とは少し違うと思います」

「その、ヘリ何とかというのは、どういう生き物なのかね?」

「えっとですね、4本足の大型生物で、背中に乗ったり荷車を曳かせるような雑務を任されます。ニュアンスで置き換えられていたので、おそらく『ウマ』と同じような動物だと思います」

「は、はぁ……」


 矢沢は戸惑いながらも、今後は突っ込まないようにした。特に齟齬がないのであれば、これ以上追及することもない。

 二時間ほど進んでいくと、街道が海沿いの道に変化した。あおばの姿は見えず、ひたすら長い砂浜と森が延々と続いている。

 だが、砂浜付近の海面には見覚えのある巨大な影が佇んでいた。


「見えました。おそらくアクアマリン・プリンセスと思われます」


 波照間の声で隊員たちが一斉にフロントガラス越しに外を覗く。世界最大のイージス艦であるあおばを遥かに凌ぐ巨体は、浜辺には打ち上がらず浅い海底に引っかかっているようだ。


「あれが、あなた方の世界からやって来た船ですか?」

「そうなる。あれには旅行客と乗組員合わせて3500名が乗船している。私たちの目的は、船内に取り残された乗員の保護や船体の状態と記録の確認、補給物資の調達と多岐に渡る。あの船で何が起こったかを突き止めねば」


 矢沢は意を決した鋭い目で、近づきつつあるアクアマリン・プリンセスの純白の船体を見据える。

 高機動車は一路、消えた豪華客船に向けて進んでいた。

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