16話 天羽々矢
「波照間2尉!」
矢沢が気づいた時には、既に波照間が猛獣の眼前に躍り出るところだった。
今にも猛獣が波照間に食いつこうとした時、彼女は巧みに体を捻り、奴の噛みつきを見事回避、そして狙うことが困難だった目玉に至近距離から銃弾を撃ち込んだのだ。
だが、目を潰された痛みで暴れまわる猛獣の巻き添えを食い、波照間は明後日の方向へ突き飛ばされていった。
「くっ、佐藤! 今から波照間2尉を回収する、応急手当の準備を!」
『りょ、了解!』
恐怖を一切隠していない震え声で答える佐藤を後目に、矢沢は波照間へ駆け寄っていた。
波照間は頭を強打し、少ないながらも血を流している。意識もなく、自力では歩けない。
『弾着まで10秒』
あおばからのカウントダウンは続いている。作戦を完遂させつつ、波照間を守らなくてはならない。
矢沢はありったけの大声でアメリアに指示を送る。
「アメリア! 魔物の動きを止めるんだ!」
「は、はい!」
矢沢は波照間を担ぎながら塹壕へ急ぐ。横目には白い光の魔法陣を地面に描き出したアメリアが見えている。
「光が導きし事象よ、我の運命を切り拓け! フリージ・ティアーズ!」
白い光の渦がアメリアの手から放たれると、猛獣の体を包み込んでいく。あれがアメリアの言う『10秒だけ敵を拘束できる技』なのだろう。
「アメリア、君も今すぐ塹壕に入るんだ!」
「はい!」
アメリアは大きく頷くと、矢沢を追いかけるように塹壕へ向かう。
『インターセプト5秒前! スタンバイ!』
インカムからは、あおばのミサイル士が対艦ミサイルの弾着5秒前を報せる声が聞こえていた。もう時間がない。
『マークインターセプト!』
「やああああああああっ!」
矢沢とアメリアが塹壕に飛び込むと、激しい爆発が辺り一帯を覆った。熱と衝撃波が田畑を襲い、上からはミサイルや砂礫などの破片が降ってくる。
矢沢とアメリア、波照間は間一髪で塹壕の内部へ退避できた。小さな砂粒は降ってくるものの、爆発や熱波は受けていない。
「ううっ、何があったんですか……?」
頭から塹壕へ突っ込んでいたアメリアは、恐る恐る頭を上げた。矢沢もそれに続く。
外は土煙に覆われていたが、村を通り抜ける風がそれを払う。後に残されていたのは、大きな爆発があったことを示す煤と小規模なクレーター、そして血しぶきと原型を留めないほど粉砕された肉塊だけだった。
「うそ、すごい……!」
「どうやら誘導は成功したようだ。我々の勝ちだ」
「やった、レゼルファルカを倒した……やったーっ!」
強大な魔物を倒した。その事実はアメリアを躍り上がらせるには十分だった。
塹壕に隠れていた隊員たちも次々に頭を出した。矢沢はすぐさま衛生兵の佐藤を呼びつける。
「佐藤、今すぐ波照間2尉を治療してほしい」
「よし、了解」
佐藤はまだ声が震えていたものの、恐怖の色は薄らいでいる。どちらかといえば、頭の中が白くなりかかっている状態の、半ば放心状態で発せられた間抜けな声色だった。
頭に消毒液とガーゼが当てられ、応急処置が開始されたことを見届けると、矢沢はあおばに通信を入れる。
「こちら矢沢。ミサイルは巨大生物付近に弾着、爆発で巨大生物は死亡した。ナイスキル」
『やったあ! 本当にやっちゃったんですねっ! やたー! やたーっ!』
佳代子のヘッドセット越しからCICの歓声が聞こえてくる。ミサイルの終末誘導は利かず、GPSの誘導や座標データの固定もできない中、ヘリの観測データだけを頼りに精密攻撃を可能にした。そんな難易度の高い攻撃を成功させたことで、あおばのCICスタッフは湧き立っているのだ。
攻撃を成功させた佳代子たちに感謝を伝えられた矢沢は、続いてアメリアに向き直る。
「ありがとう、アメリア。君の魔法のお陰で強大な敵を打ち倒すことができた。何とお礼を言えばいいのやら」
「い、いえ! 私こそありがとうございます! この村を守れたどころか、あんなに大きな魔物まで倒しちゃって……!」
アメリアは強大な敵を倒した喜びと何が起こったかわからない困惑、そして矢沢らへの感謝の気持ちが絡まり、混乱しているようにも見えた。目をぐるぐる回し、頬を上気させている。
矢沢はそんなアメリアの頭を撫で、そっと微笑みかける。
「君はとても優秀な魔法使いだ」
「あはは、そんな、もったいないです」
頭を撫でられたせいか、アメリアが頬をさらに赤く染めて目を逸らした。矢沢はその様子が少し面白く思えていたが、長くは続けなかった。
* * *
やがて、なすすべもなくトーチカに逃げ込んでいた守護者たちや郊外へ避難していた村人たちが戻ってくると、広場の変わりように度肝を抜いていた。
特に村長は小さな肉片の集まりを見るなり言葉を失い、少し経つと矢沢に説明を求めた。
「一体何があったんですか。大きな爆発があったと思えば……」
「沖合に停泊している我が艦からの攻撃で、例の巨大生物を排除しました」
「沖合からですと? この村から海岸までは数十キロとある」
「数十キロ程度ならば問題になりません。今回使用した対艦ミサイルと呼ばれる兵装は300㎞の射程を持ち、音に近い速さで飛翔します。一言で言えば、低木ほどの大きさの矢がその速度で300㎞を飛翔するようなものかと」
「ううむ、それを魔法の痕跡なしで成し遂げるとは……異世界の力は恐ろしい」
村長はすっかり憔悴しているようだ。額に手を当て、青ざめた顔で俯いている。
村に強大な武力を示したことで、彼らもあおばのことを見くびることはないだろう。
むしろ、これは交渉を再び行う好機かもしれない。矢沢は平静を装い、話を続ける。
「今後、村に迷惑はかけません。我々は食料を求めているだけです。あおばが満足な補給を受けられる場所を探すまでの間、この村に何度かお邪魔させていただけたらと思っております。この村の食料は一切要求しませんので、場所だけお借りします」
「ぐ……わかりました。その間、魔物の駆逐を支援することを条件に村を開放しましょう」
「では、そのように」
村長は矢沢と目を合わせることなく、足早に会談を終わらせた。とにかく早く終わらせたい、という心の声が聞こえそうなほどに。
だが、矢沢はそれで終わらせない。立ち去ろうとする村長を呼び止め、1つお願いをする。
「村長、もう1つよろしいでしょうか」
「え、ええ。何なりと」
「近くで座礁している船を見に行きたいので、案内してもらいたい」
「それならば、適当な者を案内役につけますので──」
「案内役はアメリアがいい。村の防衛は我々あおば乗組員が代行します」
「……それなら、どうぞ」
村長の言葉を遮るように矢沢はまくし立てる。信頼関係を築けるかどうか怪しい村人より、同じ「よそ者」であるアメリアの方が信用できる。このまま強気で押せば要求は通ると考えてのことだった。
矢沢の予想通り、村長は折れてくれた。半ば強引なやり方だったが、早めに異世界やアクアマリン・プリンセスの調査を進めるためには必要なことだと自分の中で切り捨てた。
村長がそそくさとその場を後にするが、それを許さない者がもう1人いた。
矢沢たちが村へ来た時にアメリアと話をした、背の高い少年だった。逆立った髪型が彼の怒りを表しているようにも見えた。
「おいジジイ、アメリア姉さんを行かせていいのかよ! 村はあいつらの手に握られちまうんだぞ!」
「やめろ、ここは穏便に済ませるんだ」
「何でだよ! 村はオレたちが守らないといけないってのに!」
村長は少年をなだめるが、彼は聞き分けようとしない。それどころか食って掛かる始末だ。
「ガルベス、そもそもアメリアだってよそ者だ。彼らを刺激して敵に回せば、どうなるかわかっているのか?」
「くそっ、何なんだよ! もういい、オレも守護者になる! 今すぐ認めてくれ!」
ガルベスと呼ばれた少年が村長に怒鳴りつけると、村長は渋い顔をして言う。
「ダメだ。お前はまだ若い」
「アメリア姉さんが戦い始めた時と1歳しか違わないってのに、まだ引き留める気かよ!」
「アメリアだって15歳からだ。お前も15歳まで待て」
「この……っ!」
ガルベスと呼ばれた少年は村長を睨みつけると、怒りを隠すこともなく家々が集まる居住区へ去っていく。その際、道端に転がっていた小石を力の限り蹴りつけるのを忘れない。
その様子を見ていた矢沢は、周囲の警戒をしていた鈴音に軽く耳打ちする。
「子供の駄々は異世界でも厄介なものらしい」
「長嶺3佐のお小言よりマシです」
「はは、そうか」
鈴音の軽口で、矢沢は機関長である長嶺のことを思い出した。彼女が同期や部下を叱りつける時は、決まって話が長くなる。どれほどの苦痛かは想像もしたくない。
その日は負傷した波照間をヘリで運び、あおばへ一度撤退した。
この次は、豪華客船アクアマリン・プリンセスの探索に向かう。生存者の有無を確認し、そこで何が起こっていたのか確認するために。
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