52話 敵の正体

「これが、エイガカンですか……」


 2フロアを貫いた巨大な部屋は、前面の白い壁を除いてほとんど黒く塗りつぶされ、所せましと大きな椅子が並んでいる。


「そう、向こうの文化を学べるのよ」

「向こうの文化、ですか……」


 ニヤニヤと笑みがこぼれるアリサに対し、ライザはふと息をついて答える。


 この超大型船こと『アクアマリン・プリンセス』、そして灰色の船『あおば』は、異世界から漂流してきたそうだ。奴隷たちは状況を理解できていなかったようなので単に『ニホン』という単語しか聞き取れなかったが、そのニホンという国は異世界の国家で、この世界のどの国よりも強大な軍事力と経済力を持つという。


 それだけではない。ニホンという国は経済力こそ一流ではあるものの、相対的な軍事力は低い水準にあるというのだ。

 あの1隻だけでも相当な脅威だというのに、異世界には同規模の船が100隻以上存在する上、あおばと同規模の船は『ミサイルクチクカン』と呼ばれる間接防御に特化した艦艇であるという。


 防御に特化した、という文言があるのなら、あの灰色の船以上に攻撃に長けた艦艇もあるということ。その艦が持つ攻撃力など、どれほどの破滅的な力を持つのか知れたものではない。


 それに加え、この超巨大船のように強力な文化発信力も持っている。ニホンがこの世界と自由に行き来できるのであれば、こちらの世界などあっという間に侵略されてしまうのではないか。軍事力での制圧だけならともかく、文化を上書きされてこの世界の秩序を根底から潰されかねないのだ。


「全く、恐ろしいことだよ」

「ま、そう深く考えなくていいと思うけど」


 ライザが思わず口に出した言葉に対し、アリサは鼻で笑った。


「少なくとも、あの人たちに国は潰せない。確かにフランドル騎士団とは組んでるけど、アセシオンを潰せるほどの戦力は持ってないんだから。戦力は、あのあおば1隻だけよ」

「フランドル騎士団と組んでいるのか?」


 ライザが気になっていた疑問の1つが解消された。そういうことだろうとは思っていたが、やはり先の戦いで感じた『摂理の目』は、彼らが提供したものだったのか。

 摂理の目は一定範囲内の文字通り『全て』を見通す力を持つが、その範囲内で『見られた』対象は、自分が見られたことを容易に察知できるという弱点もある。あの状況で、そんな危険を冒してまでも達成したい目的とは何なのか?


「少し聞きたいけど、君は彼らが何者なのか、何をしたいのか聞いたことはあるかい?」

「もちろん。あの人たちはジエイタイと名乗っていたわ。要するに軍隊。目的は、連れ去られた自国民の保護だって。それが済めば、あたしたちも国に帰してくれるって言ってたけど」

「なるほど、そこも予想通りです」


 この超巨大船を取り返し、動ける状態にできるまで人員を取り戻したとなれば、目的はそれしかない。

 聞けば、彼らは本国に帰れないそうだ。それでもなお自国民奪還のため活動を続ける執念を持つところ、この超大型船のような娯楽一辺倒の施設を作るところからして、ニホンは国民を手厚く保護する国なのだろう。


 そうなると、我々は彼らの逆鱗に触れてしまったのではないか。そのような考えが頭を支配していった。

 このままでは、確実に戦争になる。飛行物体の目撃情報からしても、国内で軍事行動を行っているのは明白だった。


 早めにヤニングスへ連絡しなければ。そう思うライザではあったが、ヤニングスの通信魔法は向こうから連絡をよこさない限り接触できないという致命的な弱点がある。

 無意識に顔が強張るライザ。そんな彼女を心配してか、アリサは彼女の肩に手を置いた。


「大丈夫って言ったでしょ。海軍部はあの有様だけど、ヤニングス団長が率いる陸上部隊をどうにかしない限り国は滅びない。そもそも陸地に上がれても数人なんだから、物の数じゃないわよ」

「そうだとよいのですが……」


 いかんせん、相手は常識を覆すような連中だ。何をしてきてもおかしくはない。ライザが警戒するのは当然だった。


「あら? アリサちゃんと、そちらの人は誰かしら?」

「あっ……」


 アリサはどこからか聞こえた声に、肩を強張らせた。

 見れば、全身紫色の少女がアリサとライザを不思議そうに見つめていた。


「あれは?」

「フランドル騎士団の旗印、フロランス・フリードランドよ。それに、騎士団長のロッタもいるわ」

「まさか、彼らの重鎮が……?」


 ライザはアリサの耳打ちを聞き、ごくりと息を呑んだ。

 ジエイタイがフランドル騎士団と繋がっていることはわかったが、この船にフランドル騎士団の重鎮2名が乗っているなど予想できるわけがない。

 彼らの繋がりは、ライザが思っていたより更に深いらしい。


 近づいてくるフロランスに、アリサは苦笑いしながら返答する。


「この人は最近船に乗ってきた邦人で、色々と向こうのことを教えてもらっていたのよ」

「あら、そうだったの。わたしはフロランス、よろしく」


 ニコニコと柔和な笑みを浮かべ、フロランスが握手を求めてくる。対してライザは笑顔を作るでもなく、なるべく冷静に手を握った。

 ここで正体を知られれば、ぼろ雑巾のように情報を絞り出されるだろう。彼らとの戦いを有利に進めるためにも、それは避けておきたいことだった。

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