53話 上陸・ハイノール島

 あの海戦から二日後、あおばとアクアマリン・プリンセスはハイノール島に到達した。このまま港に入ることはできないので、島の裏側に回って投錨し、今後の作戦をここで展開することになる。


 まずは島への偵察行動のため、矢沢と波照間、ロッタ、佐藤、大宮、濱本の上陸チーム6名が港と市場へ派遣され、鈴音と菅野が中心の12名が島の周囲を調査することになった。海戦時に捕獲した船舶から拝借した船乗りの衣裳も活用し、なるべく島へ浸透することが求められる。


 SH-60Kへの乗り込みが完了した6名は、街の近くにある森の広場に着陸して地上での行動を開始していた。


「久々の陸ですね」

「我々にとってはたったの数日だ。陸自出身の君とは少し感覚が違うかな」


 どこか安堵したように言う波照間を矢沢が笑う。


 普通、一般人は長距離航海を経験する機会は少ない。特に日本ではインフラが著しく発達しており、船に乗る機会すらも少ないだろう。


 一方、海自は長期航海も普通に経験することになる。特に海外派遣となれば、数十日は海の上にいることも珍しくない。

 だが、ロッタは少し違う感想を抱いていた。


「我にとっては短い航海だったぞ。ハイノール島にも同志がいるんだが、彼らとの会合を行うためには1週間以上の航海を経なければならない。海戦と後処理を行ってもこの短さは驚くに値する」

「なるほど、そういう見方もあるか」


 ただでさえ、こちらの世界の船舶は速度が遅い。荷物を満載していればなおさらだ。その航海を大きく短縮できるというのは、彼らにとっては『短い航海』と認識されるのだろう。特に丸1日は生存者の捜索と捕獲船の調査、主要な捕虜数名の獲得を行って潰れているのだから。

 なお、捕獲船はあおばが曳航した1隻の大型キャラックを除き、全て解放している。


 改めて文明の違いを思い知らされる矢沢だったが、すぐに頭を業務用に戻す。こうしている間にも邦人たちは売り捌かれているかもしれないのだから。


            *     *     *


「ここが市場? すごい活気……」


 ハイノール島の主要市場である港湾都市リーノは、常に数千人の船乗りが活動している国際港湾であり、必然的に市場や港は活気づくこととなる。

 主要な通りには一目見ただけでは数えきれないほどの出店が並び、人通りも東京や大阪の主要市場にも匹敵するほどに多い。

 その背後に立つ家屋は全て白い漆喰で固められている。倉庫として活用されているものも多くあり、漆喰は湿気の調節などを行うことで商品の劣化を防ぐ役割を持つことから港湾都市の文化としても根付きやすいのだ。


「前にも言ったが、ここは奴らの重要拠点だ。無論、我らのセーフハウスもある」

「それはそうよね。物流を支える港湾都市だなんて、ゲリラ活動にはうってつけ」


 ロッタの事務的な解説に、波照間はクスクスと笑いながら言う。


 だが、矢沢は以前から波照間の話に引っかかりを感じていた。

 軍人らしい会話ではあるが、着目する点が普通科の隊員というより、施設科やレンジャーのそれに近いのだ。


 この機会だからと、矢沢は話を聞いてみることにする。


「波照間くんは普通科の隊員だったと聞いているが、それ以前はどこの部隊にいたのかね?」

「あたしはずっと普通科です。空挺レンジャーを持ってはいますけど」

「ふむ……では、第一空挺団にいたことはないのだな?」

「少しだけあります。最初はそっちを目指していたんですけど、色々あって……」


 あはは、と波照間は小さく笑うが、空挺レンジャーを持っているという話は初耳だ。

 空挺レンジャーは陸自隊員の技能の1つで、特殊作戦での指揮官を行う能力を持つことの証明になる。波照間のような士官クラスならば常にどこかの部隊で指揮をとっていてもおかしくはない。


「他に何か言っていないことがあるのではないか? この際だ、君の能力は全て活用したい。持っている技能は全て申告してはくれないかな」

「えっと……はい。一応、海自のスキューバ課程や冬季レンジャー技能持ちで、後は北朝鮮を含む朝鮮語を話せます」

「うげ、マジモンのエリートじゃないすか!」


 波照間が並べ立てる話を聞き、大宮が青ざめた。佐藤と濱本も言葉を失っている。


「ということは、自分は特戦群の隊員だと遠まわしに言っているようなものだ」

「特……え?」


 続いて矢沢が発した言葉に、本格的に三人が凍り付く。波照間は無言のまま目を逸らした。

 一方で、置いてけぼりとなっているロッタが口を挟む。


「つまり、どういうことなのだ?」

「陸上自衛隊には十数万の隊員を擁するが、その中でも300名程度の選りすぐられた隊員たちが特殊作戦群の隊員だ。どういう訓練をしているのかは私も知らないが、敵国への浸透工作やゲリラ戦のエキスパートであることは確かだ」

「概ね合ってると思いますけど、これ極秘事項なので口外は絶対にしないでいただけると……」

「もちろんだ」


 委縮する波照間に、矢沢は頷く。

 かなり前の話とはいえ、自身も特殊部隊の隊員だった矢沢は重要性を理解している。佐藤たちも黙ってはいるだろう。


「そ、それなら後で何してるかとか、こっそり教えてくださいよ」

「あ、あはは……」


 興味津々らしい大宮は心配だ。


「とと、とにかく偵察を行いましょう。ね?」

「ああ……」


 波照間が矢沢の背中を押し、強引に話をやめさせた。

 背中を押されながらも、矢沢は腕を組みながら納得した表情を浮かべていた。

 そういえば、以前に特戦群の装備を要求していたのは、自身がそうだったからなのだと。

 それ以上に、特殊戦のエキスパートが隊内に加わっているという事実は、彼を安心させる要因にもなっていた。

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