51話 アリサの表裏

「ゲホッ! ゴホッ!」

「すぐメディカルセンターに運べ!」


 SH-60Kから担架で降ろされたアメリアは、そのままアクアマリン・プリンセスの医務室に連れて行かれた。

 体力や魔力の消耗が激しく、体調が急変したせいだった。病人の身で魔力を激しく消費する魔法を限界まで使い続け、おまけにヘリで最前線を飛び回っていたせいであることは誰が見ても明白だ。


 あおばのアセシオン艦隊撃破からアメリアの搬送までの一部始終を見ていたアリサは、どこか冷めた目で彼女を見送った。

 それよりも、エルフとの戦争で何度も勝利を重ねてきたアセシオン海軍部の大艦隊、それもザップランド提督の指揮があったにも関わらず、グリフォン隊は全滅し、旗艦ファルザーを含む6隻が撃沈、3隻が捕獲、その他は散り散りに敗走、そして自衛隊側は全くの無傷と、もはや虐殺とも言えるレベルの大敗を喫したことが問題だった。


 技術も戦術も全く違う。まさに野鳥の群れとドラゴンの戦いといったレベルだ。次元が違い過ぎたのだ。


「一体どのような歴史を歩めば、あのような兵器が生み出されるの……?」


 あおばから放たれた煙の矢は、それこそ意思を持つかのようにグリフォンめがけて体当たりをかけ、同じく旗艦ファルザーをも手にかけた。


 もちろん、船を一撃で破壊するような魔法使いもたまにいる。それを差し引いても、ファルザーは魔法での攻撃を緩和するミスリル合金の装甲に加え、規格外の巨体を持ち沈みにくくなっている。それでもなお煙の矢で一撃のもとに葬り去られた。


 自衛隊が元いた世界では、あの船と同じ能力を持つものが主流になっているのだろう。そんな世界の戦争など、全く想像できない。


 果たして、アセシオンは勝利できるのか。いや、まともに戦えるのか。それだけがアリサには気がかりだった。


            *     *     *


 超大型船はその巨体に似合わず、ほとんど人の姿がなかった。提督が乗員を全て連れ去ったのだから、当然といえば当然なのだが。


 しかし、人が全くいないわけではない。稀にではあるものの、あの奴隷たちの仲間と思しき恰好の人々が船内の通りを歩いている姿は何度か目撃した。

 男女共に戦闘員といった雰囲気はなく、子供連れの一団もいる。灰色の船の乗員でないことはすぐにわかった。


 となると、やはり彼らは沿岸で降ろされた奴隷たちの一部と見ていい。あの灰色の船か、もしくはその仲間が奪ったのだろう。


「やはり、彼らは敵か」


 ライザが下した答えはそれだった。驚異的な能力を持ち、なおかつ仲間のためには戦うことさえ厭わない、そういう武装集団なのだ。


 とはいえ、彼らの情報はまだまだ少ない。元はどこの所属だったのか、アセシオン艦隊を殲滅した武器はどのようなものなのか、全体の戦力はどれほどの規模なのか。全くもって不明のままだった。

 一番近い本土でも百キロ以上の距離がある。再び海に飛び込むのは得策ではない。そうなると、この船で情報収集を行った方が遥かに有益だろう。


「それじゃ、スパイ活動と行きますか」


 まだ若いとはいえ、ライザは騎士団長のヤニングスに認められた諜報員。彼の命令を遂行するのが仕事だ。

 今まではそうだったが、ライザ自身も彼らのことを知りたいと願うようになっていた。


 彼らはどこから来て、何を考えているのか。それが知りたい。

 こんな気分は、あの時以来初めてだった。


「ん……? あ、ああああ!」

「な!?」


 いつの間にか通路を幾らか歩いていたようで、前から歩いてくる人物に気づかなかった。

 聞き覚えのある声で現実に引き戻されたライザは、大声を上げた者の顔を視認する。


「君は、アリサかい?」

「ライザ、あんたも捕まったのね」


 アリサだった。


 ヤニングス直属の部下である、近衛騎士団の諜報員の1人。ライザより諜報能力は劣るものの、若さと士気の高さを買われて強行偵察の役割を担っている。


 元々、アリサとライザは別々の場所でフランドル騎士団の情報収集に当たっていたが、旧ダリア領の港町アヴィラスで提督の艦隊が東に回航されるという話を聞き、便乗させてもらった矢先に超巨大船を発見したのだ。ライザはそのまま船に残り、アリサは奴隷の送致を行うために再び別行動を取ることになった、という経緯だ。


 ライザも捕まったと早合点し呆れ気味のアリサだったが、ライザは首を横に振った。


「僕は捕まっていない。ファルザーは沈められたけど、何とか生き延びて秘密裡にこの船へ乗り込んだ。僕の存在は知られていない」

「それならよかったわ。あたしは動けないでいるから」

「君は捕虜にされていたのか。そのようには見えないけどね」


 ライザは冷たい目でアリサが手に持っている物を見ていた。

 木製の小さな桶には、タオルや衣料、それに謎の半透明な物体が入っている。どこからどう見てもアリサの私物どころかこの世界の物品ではなく、この船の備品だ。


「えっと、これは、その……そ、そうよ! 今からお風呂に行くのよ。悪い?」

「風呂……?」


 アリサが開き直って口に出した単語に、ライザは戸惑った。

 今から風呂に行くということだが、ここから一番近い港町に行くにしても数日はかかる。あの飛行物体に乗っていくならまだわかるが、あの物体は彼らにとってしても重要なもののはずだ。捕虜であるアリサに使わせるわけがない。


「ごめんだけど、少しばかり理解ができない」

「だから、今からお風呂に行くって言ってるの。この船のね」

「船に風呂があると?」

「そうよ。この船はいわば海を走る街でね、色々なレストランに美容室、映画館にお風呂場、それにジムまであるのよ! まさに娯楽の天国! すぐに船を離れたあなたは知らないと思うけど」

「へ……?」


 敵の手中にあるというのに、満面の笑みを浮かべるアリサに、ライザは戸惑いの色を隠せなかった。


 船がやたら巨大なことは知っていたが、そこまで整った設備があるとは知らなかった。所々理解できない単語はあったものの、それの話を聞くのは後回しでいい。


「ま、捕虜の身も悪くないってこと。情報が欲しいなら何でも教えてあげるけど?」

「で、では、お願いします……」


 アリサが優秀な諜報員たり得たのは、彼女が常にギラギラと使命に燃えていたからだった。戦闘力はずば抜けて高いわけでもなかったが、それでも努力を怠るようなことはなく、常にストイックに自分を磨いていた。


 そのアリサがここまで骨抜きにされているのだ。一体何があったのか、それがとても気になっていた。

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