428話 錆だらけの難破船

 首都タンドゥの沖合から3日、目的の島に到着した『あおば』率いる艦隊は、周辺の警戒活動を行いながら洞窟へと接近した。


 海岸洞窟は切り立った崖に開口部が形成されており、陸地から近づくのは不可能だった。海水が内部にまで入り込んでいるのが確認できたので、複合艇で内部に入れるだろう。


 上陸と調査を行うため、分隊長を務める矢沢を始め、言語翻訳担当の波照間、警戒担当の愛崎、環、佐藤、周辺調査担当のアメリアとラナーの7名は『あおば』左舷02甲板、後部SPY-7レーダー直後に設置された6.3m複合艇に乗り込み、海面へと降ろされていく。


 小型のクレーンで海面に降ろされた複合艇は、愛崎の手によってエンジンが掛けられ、8ノット程度の低速で洞窟入口へと向かう。


 入口が近づくにつれて、空気が重く感じられるようになる。この奥に探すべきものがあるというバイアスだけのせいではあるまい。


 それを隊員たちも感じているのか、一様に表情が硬くなっている。


「総員、警戒を怠るな。いざとなれば、船を破壊しても構わない」

「「「了解」」」


 隊員たちは最低限の返答だけを行い、後は押し黙るだけだった。


 事前にルイナとルウカが調査を行ったという話だったが、それだけでは足りない。今は敵がいるかもしれない上に、彼女らを完全に信頼しきっているわけでもないのだから。


 入口の前に来たところで、矢沢はアメリアに命令を下す。


「アメリア、まずは摂理の目で中の状況を探ってくれ」

「はい。それでは──」

「待って」


 アメリアが魔法陣を足元に展開した途端、ラナーから待ったがかかる。


「ラナー?」

「摂理の目はエルフ族の魔法。人族が使うと負担が大きいの。あたしがやれば、アメリアちゃんに負担をかけなくて済むし」

「そうか。では、頼む」

「ふふ、まかせなさい」

「はい。それでは……」


 アメリアが苦笑いしながら一歩引くと、今度はラナーが足元に白く輝く魔法陣を展開させる。それから5秒と経たないうちに、ラナーは一息ついて矢沢へ振り替える。


「大丈夫、人っ子1人見当たらない感じ。右舷に縄梯子が降りてるから、そっちに接舷するといいかも」

「わかった。愛崎、船を進めてくれ。アメリア、洞窟に入ったら明かりを頼む」

「了解です」

「はい。わかりました」


 ラナーが余裕の笑みを見せると、矢沢は操舵手の愛崎に先へ進むよう指示する。アメリアも光で洞窟を照らす用意をして、複合艇はゆっくりと洞窟内部へと侵入していった。


 内部は予想通り真っ暗。アメリアの明かりで周囲を照らさなければ、数m先も見えなかっただろうが、今では闇の中に黒曜の船体がハッキリと浮かび上がっている。


「これが、探していた船なんですね……?」

「そう。北朝鮮籍タンカー、アン・サン1号よ」


 アメリアが唾を飲み込んでから言うと、波照間は静かに肯定。彼女が言うのであれば、間違いはなさそうだ。


「艦長、船の形状はアン・サン1号と一致。艦尾に『Endeavour(エンデバー)』の文字を確認しました。この船が行方不明になる直前に確認された偽装船名と同じです」

「では、間違いないか」

「そのはずです」


 波照間が追加で報告を行うと、場の空気がさらに張り詰めた。実際の目で確認できたという事実は大きい。


 船は船首から洞窟へ侵入する形となっていて、入口から見て右側の岸に右舷を押し付ける格好で停泊している。錨は降ろされておらず、停泊というより座礁といった方が正しい。


 左舷を一通りチェックして回ったところで、船首付近の岸に複合艇を接舷させて上陸。右舷側の縄梯子から船に上がり込んだ。


 船は外から見ても錆や汚れが目立っていたが、甲板の傷みはその比ではなかった。外に張り巡らされている燃料用の配管は錆だらけで、断裂している箇所も見受けられる。


 白く塗装された船橋も塗料がかなり剥げており赤茶けていて、船としてはよろしくない環境に置かれていたことが一目でわかる。


「これは、ひどいな……」

「北朝鮮での整備状況を踏まえても、確かにこれはひどいですね」


 矢沢が思わず発した一言に、波照間も頷いた。


 アン・サン1号は2023年の12月、東シナ海の尖閣諸島北方で行方不明となった船で、警戒監視中の海自P-3Cが局所的な濃霧に突っ込む同船に遭遇している。それからおよそ2年と半年、ずっとこのまま放置されていたのだろう。


「では、2班に分かれて調査を行おう。愛崎、佐藤、ラナーは私と来い。アメリアと環は波照間に従え」

「「「了解」」」


 矢沢から指示を受けた隊員たちは直ちに編成を変更。矢沢を班長とする1班と、波照間を班長とする2班が編成された。


「では、私たちは船体の状況を探る。そちらは資料を集めてくれ」

「了解です。それじゃ、難破船探検としゃれ込みましょ」

「私たちも行こう」


 波照間らの班が船橋へ向かうのを見送った矢沢らは、近場の出入り口を探し始める。


 この船で何があったのか、なぜここに行きついたのか。『あおば』が転移した事件と何か関係があるのか。


 それを探るためにも、この船の探索は絶対に行わなければならないのだ。

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