401話 襲い来る炎

 立検隊の隊員たちを乗せたSH-60Kは、レン帝国の部隊の進路上に着陸。交渉役に指定された船務長の菅野と護衛のアメリアとラナー、銀を降ろしたところで、今度は近くの丘の上に狙撃の訓練を受けていた立検隊の青木と緑川を配置。さらには、SH-60K自身もAH-1Zと共に空中待機し、敵の攻撃に備えている。


 無法者相手に交渉が通じるとは思えないが、それでも攻撃の意思の確認は行う必要がある。これで相手が攻撃してくるようならば、自衛隊側は正当防衛に基づく武器使用も合法となる。


 各々の攻撃準備が整う中、菅野はアメリアらを引き連れてマオレンたちの前に姿を見せた。敵部隊は戦闘態勢に入るが、それでも菅野は怯まなかった。後ろには味方がいて、ここを脱出できる自信があるからだ。


 菅野は息を大きく吸い込み、敵部隊に対し大声で注意を引く。


「僕は護衛艦あおばの代表者だ! そちらの代表者と話がしたい!」


 この一声で敵部隊の戦闘態勢は解除されることはなかったが、彼の声が届いたのか、部隊の先頭にいた小柄なトラ猫顔の戦士が前に進み出てくる。


「私が山猫中隊を率いる隊長、キンだ。お前が代表者と聞いたが?」

「そうだ。僕が代表者になる」


 キンと名乗った小さなトラ猫は、甲高くも粘つくような遅い喋り方をしていた。菅野は内心では困惑していたものの、曲がりなりにも交渉の席でそれを露わにするようなことはしない。


「今日は話し合いをしに来た。そっちがうちの艦を狙っているのは知ってる。けれども、それはやめてほしい。あの艦は僕たちのものだ」

「それは認められない。私はお前たちの船を接収するよう命令を受けておるのだ」

「そもそも、そっちがうちの艦を接収できるような根拠なんてどこにもないじゃないか。それこそ認められるわけがない」

「既に艦長は押さえておるのだぞ。艦長が我が方の管理下に入ったのなら、指揮下にある艦も帰順するのが当たり前だろうぞ」

「そんなわけがない。すぐに撤退してほしい」


 キンが答える論理は、おおよそレン帝国の意思だろう。でなければ、このような行動を起こすような理由がない。


 であれば、もはや交渉は不可能だろう。キンもそれを理解したのか、かぶりを振って口を尖らせた。


「話し合いは無駄のようだな。お前たちも捕縛させてもらおうぞ」

「だと思ったよ。攻撃開始!」

「「「はい!」」」


 菅野の命令が下ると、アメリアとラナー、そして銀が魔力を高め、トラ猫に襲い掛かろうとする。


 しかし、キンは目にも留まらない速度で菅野に接近、アメリアが追い付いて攻撃を加えようとしたところで、菅野の首筋に短剣を突きつけていた。


「これでわかっただろうぞ。私とお前たちとでは、力の差があると」

「そうだといいけどね」


 菅野は額から冷や汗を流しながらも、強気で答える。


 すると、行動を開始していた部隊の中腹に、突如として複数の火柱が上がった。ドカン、と爆発音が響き、マオレンたちの悲鳴が響く。


「な……?」

「今です!」


 キンが爆発に気を取られている隙に、アメリアはキンに光の剣で切りつけた。油断をさらしてしまったキンは利き手である左手を深く切り裂かれ、短剣を落としてしまう。


「くっ……」

「さあ、私が相手です!」

「久々の戦いだし、本気出しちゃおっかな!」

「あんたはこっちよ!」


 覚醒へと至り、高い戦闘力を得たアメリアと、元アモイ王国の王族であり軍人のラナーが手負いのキンに立ち塞がり、その間に銀が菅野を抱えてヘリの待機場所まで移動する。小学生のような見た目の銀にお姫様抱っこで連れて行かれる中年の男という、いささか間抜けな絵面ではあったが、それが今取れる最良の選択肢だった。


 すると、キンの頭上を攻撃ヘリのAH-1Zが高速で擦過した。ヘルファイア対戦車ミサイルを8発、ロケット弾を38発抱えていたはずだが、ミサイルは2発を投射済みだった。先ほどマオレンの部隊で起こった爆発は、このAH-1Zが持つヘルファイアミサイルが着弾した音だった。


 それに気づいたらしいキンは、舌打ちをしながら背後の部下たちに命令を発した。


「ちっ、今すぐ散開しろ! 向こうに逃げた男を追うんだ!」

「うおおおおおおおおおおおお!!!」


 ついに始まった戦いの雰囲気に興奮したのか、兵士たちは次々に叫び声を上げて菅野の追撃に移った。事前のブリーフィングで想定された事態ではあるが、このままでは追い付かれてしまうだろう。


「ラナーちゃん、私はキンを追撃します! あなたは周囲の敵の掃討をお願いします!」

「ガッテン承知!」


 ラナーはアメリアのお願いに快く答え、自身の得物であるメイスロッドを召喚。脇をすり抜けて行こうとする敵兵たちの前に立ち塞がり、ロッドで敵兵を薙ぎ払っていく。


「さあ、私と決闘です!」

「よろしい。では──」


 キンが不敵な笑みを浮かべると、またしても近距離で爆発が発生。それも2発やその程度ではなく、十数発の爆発が連続で発生しているのだ。


 AH-1Zから発射され、空中で炸裂したハイドラ70ロケット弾の対人榴弾は、爆発の直下を中心に広い範囲に渡って危害を加える。数十名のマオレンたちが一瞬にして命を散らし、部隊に混乱を引き起こした。菅野に追撃を加えるため移動している兵士は今や30名程度にまで落ち込み、他は上空を飛び回るヘリに意識を集中させた。


「噂には聞いていたが、こんなのは聞いておらんぞ……!」


 キンのうめき声にも似た呟きは、戦場で発生する様々な怒号や爆発音にかき消されていた。

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