400話 始まりの予感
「おっと、動き出したみたいね」
養豚場の駐留軍を監視していた波照間は、双眼鏡を手元に置いて呟いた。
集まっている戦力はおよそ200名、1個中隊規模となる。所持している武器や服装など装備に統一性はなく、各々の得意な武器を選択しているらしい。
明らかに近代的な軍隊ではなく、中世以前の統一性のない部隊らしい。それは一時的に捕まえた兵士、もとい傭兵から割れてはいたが、実際に目にすると少しばかり間抜けな絵面だ。
どう考えても『あおば』を占領、もしくは破壊できるような戦力ではない。そもそも、岸を離れれば1個中隊は無力となるのに。
敵には隠し玉があるのか、それとも艦長さんを捕縛したことで完全に油断しているのか。
そうなると、波照間の仕事は敵部隊の監視ではない。警戒監視はスキャンイーグルに任せ、自分は政府の内情偵察を優先すべきだ。
波照間は荷物をまとめると、その場に残した痕跡を消しにかかる。養豚場の敷地外にあるので、周辺を嗅ぎ回られれば存在が露見する可能性が高まる。
すると、ライザが屈んだまま歩いてくる。あちらも偵察を終えたようだ。
「敵の目的が判明しました。どうやら、アオバの接収が目的のようです。艦長を押さえたことで、既に船を手に入れた気でいます」
「ほんと? そんな情報、どこで仕入れてきたの?」
「遠距離から司令部内で発せられる音を聞いていました。その際、首都からの伝令と隊長の会話を拾いました」
「それじゃ確実かな。ライザ、今から首都に向かうから準備して」
「何をするのですか」
「艦長さんの救出作戦を練りたいから、そっちの偵察に回りたいのよ」
「承知しました。準備してきます」
ライザはそれだけ言い残すと、姿勢を低くしたまま素早く離脱していく。
艦は海自に任せていいだろう。一方で、波照間らにはやるべきことがある。もちろん、これも誰かを助けるための戦いだ。
*
「敵前衛部隊が出撃したようです。現在、我が艦に向け進行中」
「イーグル4、燃料切れのため帰投します。イーグル7、射出準備に入ります」
「波照間2尉が北に向け移動開始しました」
「わかりましたっ。ヴァイパー3、エグゼクター1、出撃準備に入ってください。立検隊は武装して飛行甲板に待機してくださいね」
敵部隊出撃の報せを受けた艦内は、攻撃準備に備えて慌ただしくなっていた。
武装した敵部隊が艦に迫っている。その情報はある種の威圧感を持って乗員たちの心を揺るがした。
また戦死者が出るのか、敵を殺さねばならないのか。命のやり取りは恐ろしいものにほかならない。
だが、それでも戦わねばならない。でなければ、殺されるのは自分たちであり、何の罪も関係もない邦人たちなのだ。
『こちら立検隊、出撃準備完了』
「りょーかいです。無駄だと思いますけど、最後通告を出してください。それで断られたら、こっちも容赦しません」
『わかってますよ、副長』
現時点の立検隊隊長である鈴音が報告を出すと、佳代子は普段よりトーンを低く抑えて話す。
これで相手が聞き入れなければ、もはや戦いは避けられない。艦長ら交渉グループを捕縛したことも考慮し、人質をこれ以上増やさないよう対策も練る。
戦争は避けられない。ならば、地球の流儀になるべく沿って戦いを始めたかった。蛮族のように突如として武力を振るったり、無法をなすようなことはしたくない。
人はルールを作り、それに従うことで社会を形作っている。そのルールを無視し、好き勝手に暴れて人を殺すような組織があれば、それは組織でも何でもなく、ただの蛮族の集まりでしかないのだ。
「副長、エグゼクター1が発進します。続いてヴァイパー3の発進準備完了」
「はい。絶対に目を離さないでくださいね」
航空管制を担当する船務士からヘリの発艦を伝えられた佳代子は、主モニターのレーダー画面に目を移した。中央に表示された『あおば』を示す青いマーカーからSH-60K、コールサイン『エグゼクター1』が分離したことを確認し、息を呑んだ。
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