329話 大筋合意

 銀が大神官との会話を経て3日後、改めて矢沢とジャマルは会談を持つこととなった。


 できるのなら、今回で取引の内容は決定しておきたい。それができなければ、この問題の長期化は必至だろう。


 ただし、自衛隊側がアモイに戦力や技術の提供は行えない。それは傭兵として働くということであり、到底受け入れられるものではない。自衛隊関連の技術提供も秘密保護法など複数の法律に抵触する。


 矢沢には取れる選択肢が限られている。向こうが有利であることはジャマルも承知の上だろう。それをどう乗り切るかが試されることになるだろう。


 愛崎とアメリアを護衛に立たせ、矢沢はジャマルの前に着席。ジャマルも海を背にして手を組み、落ち着いた様子で矢沢らを見やる。


「本当に、君たちは諦めが悪いね」

「諦めてはならないことですので。あなたも王族の財産全てを盾にされれば、動かざるを得ないでしょう」

「……それは言えてるかな」


 ジャマルは頬を人差し指で掻きながらそっぽを向いた。話が通じる相手というのは、これほどまでに楽なものかと矢沢は頭の片隅で思っていた。以前のアセシオン皇帝に関しては、ほとんど話にならないレベルだったこともある。


「我々としても、早急に拉致被害者を全て保護したいと考えています。通りで野菜を盗んでいた少年のように、今もどこかで苦しんでいるかもしれない者は大勢いるのですから」

「それに関しては、私からはノーコメントとさせてもらうよ。この国では、奴隷は商品として扱われている」

「これは商売上の取引ではありません。曲りなりにも、国家間の交渉という性格に近いことを認識してもらいたく思っています」

「それとこれとは話が別じゃないか」


 矢沢の強気な言葉に、ジャマルの眉がピクリと動く。相手の冷静さを奪うと同時に、相手の認知を揺るがすための布石はこれで十分といったところだ。


 そこで、矢沢はジャマルの言葉を無視し、交渉へと乗り出すことにする。


「私にとっては同じ話です。この問題を早期に解決するためにも、早期に講和内容を決めるべきだと私は考えています。そこで、こちらはアモイからの完全撤退と、今後の不干渉を約束できます。もちろん、アモイ国内にいる邦人を全て保護できれば、という前提付きですが」

「妙な話だ。アモイは何も悪いことをしていないというのに、せっかく購入した奴隷を手放さなければならないという。それに、一方的にやって来たのは君たちじゃないか」

「それに関しては不幸なことですが、我々やアモイにいる拉致被害者としても同じように理不尽な目に遭っています。ここは不幸なことが度重なった結果だと、双方共に受け入れるしかないのです。こちらからは責任を追及しません。全てを原状復帰させる、というのが私の提案の趣旨です」

「そもそも、この世界では奴隷の売買が合法なんだ。私たちはそのルールに従っているに過ぎない。それに、こっちも相当の犠牲を払ってるんだ。そこも考慮してほしいね」

「我々はそのルールを知らずにこの世界へ飛ばされ、何もわからないまま3000名以上もの邦人を拉致されています。情状酌量の余地は認めてほしい」

「郷に入りては郷に従え、という言葉もある。君たちが受け入れるべきだよ」


 ジャマルは一歩も引かない態度を変えることなく、矢沢の言葉に反論し続ける。これ以上無理を通すのは限界かと諦めかけていたが、少しばかり賭けに出ることにした。


「知らなければどうしようもありません。それを言うのであれば、この世界では侵略戦争による国家の併合は認められているとお見受けしますが、我々が邦人の解放を目的としてアモイ王国と交戦し、全土を占領して新たな国家を建設すれば、我々のルールを通せる、という認識でもよろしいでしょうか」

「それは宣戦布告と取ってもいいのかい?」

「そう取ってもらっても構いませんが、アモイ軍が軍事行動を起こしていると確認できれば、ダーリャを速やかに灰燼に帰します。我々としても、そのようなオプションを取るのは遺憾に思いますが、こちらの都合を一切酌量せず、要求を押し通すのであれば、こちらも『この世界のルール』に従わなければならなくなります。ここは、互いに意見を尊重し合うべきでは?」


 矢沢はじっとジャマルの瞳を見据える。一歩も引く気はない、という強い姿勢で、あくまで対等な交渉を望む。それだけだった。


 もちろん、軍事オプションをチラつかせるなど不本意でしかないのだが、ここはそうも言っていられなかった。


 すると、ジャマルは背もたれに背中を預け、楽な姿勢を取って目を閉じた。考え事をしているのだろうが、それも数秒で終わる。


「……わかったよ。まずはすり合わせだ。私たちは数百人もの労働力を失うわけにはいかないし、君たちに燃やされた建物の分や、殺害された兵士の分も含めて、その代わりになるものを要求したいと思っている。もちろん領土侵入や武力行使も含めた謝罪もセットだ。君たちは奴隷を引き取るのが目的でいいのかな」

「拉致被害者の全員保護に加え、死亡した拉致被害者の遺体引き取り、私を含めた邦人への残虐行為に対する謝罪と補償、ドラゴンとの戦いも含めての使用燃料や弾薬等の補償です」

「じゃあ、それらを相殺するっていう感じでいいのかな」

「一部については構いません。謝罪に関しても、当人からの謝罪は不可能でしょう。ですが、生存している邦人の保護と、遺体の引き取りは何としても行いたい」

「わかった。それに関してだが、そちらからは貨幣で出してもらいたい。利益分は取れないにしても、私たちが何も取れないのは不利益になるだけだからね」

「承知しました。金額については後ほど話し合いましょう。では、大筋ではそれで合意、ということでよろしいですね」

「ああ、構わない」

「配慮に感謝します」


 ジャマルの返答に、矢沢は軽く礼をする。相手をこちらの土俵に引き込んで何とか勝利できたことで、少しは肩の荷が下りたのだった。

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