149話 予期された襲撃

「こちらマルヒト、所定位置にて待機中。送れ」

『こちらマルフタ、同じく待機中。送れ』


 矢沢や波照間ら18名の隊員は、パラメトル平原の直前にある森の中で身を隠しながら待機していた。


 スキャンイーグルと斥候による偵察では、ヤニングスの予定通りに皇帝は進んでいる。もうすぐ会敵するはずだ。


 偵察の結果、敵兵の数は100名とかなり多く、しかもヤニングスの護衛付きと判明した。波照間の情報通り、何かあればこちらを殲滅する用意があるのは目に見えている。


 とはいえ、数自体は問題ではない。地中や路肩の茂みに即席爆破装置、もといIEDを設置している。

 第1陣は鍋やペットボトルを使用した、初期の作戦通りに使用する敵兵拘束用の小型弾であり、敵兵を殺傷する能力はない。しかし、ヤニングスの裏切りに備えた第2陣のIEDは5インチ砲弾から作成されており、直下で爆破すれば戦車さえ破壊できる威力を持つ。それを40発ほど仕込み、あわよくばヤニングス諸共爆殺できる。


 それに加えてAH-1Zも後方に控えており、取り逃した敵兵をヘルファイアや機銃、そして2人1組で構成される地上班による狙撃で一方的に叩き潰す。ヤニングスに1人で勝てる者はいないが、大将が目の前にいる集団戦ならば勝機がある。


 この作戦は、アセシオンとあおばの運命を決めるものだ。絶対に成功させなくてはならない。


 矢沢は隣で89式小銃を構えている愛崎に目をやる。緊張しているのか、しきりに水を飲んでいる。


「愛崎、水は飲みすぎるな。催してしまえば集中力が切れる」

「わ、わかってるんですけど、どうしても喉が渇いて」


 愛崎はそういうなり、またもや水筒から水をちょろりと一口だけ飲んだ。緊張すると口が渇くのは仕方のないことだが、それにしては回数が多すぎる。


「心配するな。私たちがついている。たとえ失敗したとしても、互いに協力すればリカバリーはできる。それに、作戦通りなら誰も死ぬことはない。気をしっかり持て」

「は、はい」


 愛崎は唾を飲み込み、目を少しの間閉じて深呼吸する。落ち着いてきたのか、すぐに目を開けて茂みから道路を凝視する。


「もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」

「それでいい」


 やっと気分を落ち着けた愛崎を見て、矢沢は一安心した。このまま続いていれば、始まる前から愛崎のケアも同時に行う必要があったからだ。

 その時、沈黙を守っていた通信機から佐藤の声が聞こえた。


『こちらヒトサン、敵部隊接近。2時方向。送れ』

「予定通りだな。私の合図でIEDを起爆せよ」

『了解』


 IEDのリモコンを持つ大宮が短く返事をする。

 矢沢は道路を整然と歩いてくる近衛騎士団の部隊を視認していた。彼らも何が起こるかわかっている。

 皇帝が襲撃されたという事実を作り、亡命を阻止する。それがこの作戦の要旨だ。


「やれ」


 矢沢が言うと同時に、木々の上から小規模な爆発が連続した。爆発に驚いた兵士や馬たちは動きを止めた。


 既に彼らは自衛隊のキルゾーンに入っている。願わくは、早期に離脱してほしいものだ。


  *


 数日前、皇帝は出発直前になってヤニングスから亡命阻止の話を聞かされた。


「何、亡命阻止だと?」

「はい。国外逃亡は失脚を意味します。それは陛下の望むところではないはずです」

「ああ、確かに……」


 皇帝はヤニングスの勝手に怒りを覚えたものの、すぐに自らの立場を鑑みて反論をやめた。


 サリヴァンは強大な経済力を保持する、帝国でも極めて力の強い貴族の地位にある。新皇帝の即位に際しジョルジュ2世のお膳立てを行い旧ダリア領を手に入れたことで、皇帝をも超える権力を手にしていた。多額の税を納める彼に逆らえば、皇帝とて何をされるかわからない。


 ならば、外圧を利用し亡命を阻止するしかない。失敗したと言い訳をすれば、ヤニングスの評価は下がるだろうがジョルジュ2世は皇帝の地位にいられる。


「だが、どうやって朕の亡命を諦めさせる?」

「助っ人を雇っております。あなたと対談を行った、あの灰色の船の艦長です」

「何、奴をか!?」


 皇帝は耳を疑った。これが事実だとすれば、ヤニングスは敵と繋がっていたことになる。


 たとえ皇帝のためとはいえ、これは明らかな越権行為だ。致し方ないとはいえ、これが表に出ればヤニングスは確実に失脚する。


「これはベルリオーズ伯の計画です。外交権はなくとも、国内の傭兵との契約として通せば何の越権行為もありません。事実、彼らは国を持っていない国内の武装集団です」

「だが、反政府組織であることに変わりはない」

「彼らは交渉を望んでいるだけです。誠実な態度を取れば、彼らとて武力を振るうことはありません。実際、彼らが取っている行動は全て報復か防御に徹しています」


 誰の合意も得ていないが、作戦は進行中だ。皇帝には既に選択権がない。

 それを彼もわかっているのか、頭を抱えてため息をついた。


「はぁ……もういい。お前には相応の処分を与える。それで済むように、しっかり朕を護衛したまえ」

「はっ」


 ヤニングスは頭を下げると、自室へと去っていった。


 それから数日後、皇帝は馬車でベイナへ向かう途上にあった。

 この少し先、パラメトル小平原にて彼らは襲撃してくる。本当に信頼に足る者たちかどうかは、これではっきりするだろう。


 そう考えて腹を括ったところ、唐突に周囲から爆発音が轟いた。軽い炎魔法が着弾した時のような、何かが弾ける音が一斉に辺りを包み込む。


「何事だ!?」

「敵襲です! これより退避します!」


 事前に手筈を伝えられていた御者は、手際よく馬を反転させてこの場からの離脱を図る。窓の外からは、確かに灰色の船が擁する青い服の兵士たちが姿を現していた。

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