150話 襲撃者
「艦長、やたら豪華な馬車が反転! 撤退するようです」
「よし、そのまま去ってくれ……」
矢沢は皇帝座乗らしき馬車が反転していく姿を見て、ほっと胸を撫でおろした。
ここまでは計画通りだ。馬車の後方に見えるヤニングスも、茂みにいる矢沢と一瞬目を合わせて、そのまま馬車に続いてその場を立ち去る。
どうやら、彼らは約束を守ったようだ。現皇帝という特大の餌を吊るされておきながら、それを我慢して覚書の遵守に徹したことは、彼らの信用を得る大きな根拠となる。
これで邦人550名は帰ってくる。運を味方につけ、敵の状況を考察し、利益を求めて適切な交渉を行えば、人は誰一人死ぬことなく利益を得られる。
ベルリオーズとの交渉ではひと悶着もあったが、初期段階だったために得られた利益は少数に留まった。しかし、今回はアセシオンに捕まった人々のうち3分の1以上の帰還を約束されている。
次は改めて皇帝と直接交渉を行う時だ。矢沢の脳内では、既に今後の展開を予測し始めていた。
だが、思考は直ちに中断させられることとなった。森の中に、巨大な爆発音が幾重にも響き渡ったのだ。
まさか、第2陣の一部が暴発したのでは?
矢沢の脳裏には最悪の事態となった情景が一瞬にしてありありと浮かんでいた。これで近衛軍側に多くの死者が出てしまえば、先方からの信頼を失う事態にもなりかねない。
すぐさま通信機を握り、マイクに声を荒げた。
「こちらマルヒト、状況送れ!」
『こちらマルハチ、VIPが攻撃を受けている! 敵影見えず、攻撃方向不明! 指示を乞う!』
「マルナナからヒトハチ、散開し敵情偵察に当たれ! マルヒトからマルロクは警戒態勢のまま我の位置に集合! VIPを護衛し、敵勢力を明らかにせよ!」
『了!』
近衛軍は攻撃を受け、移動が止まってしまっている。ヤニングスが直接率いている部隊だからか、警戒部隊らしい数十名の兵士は既に集合を終え、周囲への警戒に当たっている。
「こちらマルヒト、ハヤブサは赤外線カメラで敵位置を特定せよ!」
『了解!』
『こちらマルキュウ、敵位置判明! 我より10時方向!』
「なんだと? その位置には……」
矢沢は隊員からの報告を聞くなり、顔から血の気が引いた。
10時方向には矢沢らがSH-60Kで移動する際のランディングゾーンが存在しており、今は萩本らヘリ要員3名とフロランスが待機しているはずだった。
「くそ、まさかヘリをやられたのか……?」
攻撃者が何者かはわからない。可能性としては魔物か山賊が主要候補だが、国外勢力や未知の反政府勢力である可能性も考えられた。
この作戦にはヤニングスや皇帝と関わることが考えられたため、アメリアは不参加となっている。フランドル騎士団の援護もフロランスの補給以外は存在しない。魔法やこの世界に関しての知識が欠けている今、未知の勢力の分析は難しい。
それでも、この事態に対応しないわけにはいかない。何としてでも部隊を守る必要がある。
「こちらマルヒト、敵の所属はわかるか? 送れ」
『こちらヒトマル、敵集団にロッタとフロランスを確認! 敵はフランドル騎士団!』
「なんだと!? もう一度送れ!」
矢沢は耳を疑った。隊員はハッキリと敵はフランドル騎士団と言い放ったのだ。
『こちらヒトマル、敵集団はロッタ率いるフランドル騎士団! 繰り返す、敵はフランドル騎士団!』
「間違いないのか!?」
『間違いありません! 現在、ヤニングスとロッタが交戦中!』
「冗談だろう……」
「嘘だろ、奴ら裏切ったのか!?」
狼狽する矢沢と、怒りを露わにする愛崎。
何度確認を入れても、飛んでくる報告はフランドル騎士団と近衛軍が交戦している、という信じがたい情報だった。
これを確かめるには、直接そこまで出向くしかない。
「こちらマルヒト、ヒトマルを中心に全員集合せよ」
『了解』
何度確認をとっても答えが同じならば、もはや疑うこともない。なぜロッタを始め、フランドル騎士団がこんなところにいるのかはわかりきっている。
自衛隊側に断りを入れずに作戦行動を行ったとすると、彼らは独自に皇帝捕縛作戦を決行しているとしか思えない。
そして、その推測は確証に変わった。矢沢と愛崎は他の隊員と合流しながら道路沿いに北上、戦闘の現場を目視で確認した。
双眼鏡の向こうでは、ロッタとヤニングスが攻防を繰り広げていた。やはりロッタの方が劣勢だが、それでもいい勝負をしているのは間違いない。
矢沢は89式小銃の安全装置を外し、ぶつかり合う2人の元へ駆け寄る。ちょうど剣戟を交わしたロッタに対し、矢沢は怒りを込めて問い質した。
「ロッタ、何をしている!?」
「何度も言わせるな、ロッタと呼ぶな!!」
予想通り、ロッタの怒りの矛先が矢沢へ向いた。ヤニングスに火球を一撃食らわせて注意を逸らし、魔法の力で地面を蹴ったロッタは、凄まじい速度で迫りつつある。
──股間を蹴られる!
そう覚悟して目をぎゅっと瞑ったが、タマが潰れる嫌な音と男特有の激痛に代わり、鈍い金属音とチリチリと何かが焼ける音が耳一杯に広がった。
恐る恐る目を開けてみると、矢沢の眼前には青い防御魔法陣が広がっており、それを展開する少女のシルエットが見て取れた。
「な……アメリア!」
「ヤザワさん、大丈夫ですか!?」
ロッタの攻撃から身を守ってくれたのは、他でもないアメリアだった。ロッタが攻撃を諦めたのを確認するなり、アメリアは矢沢へ振り向いて満面の笑みを見せる。
「やっと合流できましたね。さあ、作戦を成功させましょう!」
「作戦だと……? そんなものはとうに失敗している」
「え……?」
矢沢が目いっぱいの怒りを込めて言い放つと、アメリアの顔が徐々に青ざめていくのがわかった。
なぜフランドル騎士団だけでなく、アメリアまでこんなところにいるのか。もはや正確な状況が掴めない中、矢沢の胸中には絶望だけが広がっていた。
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