151話 ブルトゥスの罠

「裏切りましたか、ヤザワ・ケイイチ!」


 矢沢がアメリアやロッタを前にしていると、向こうからヤニングスが飛んできて剣戟を叩き込もうとしてくる。

 しかし、それはロッタの剣に阻まれ、ヤニングスは動きを止めた。


「聞いてくれヤニングス団長、私はなぜフランドル騎士団がここにいるのか理解できていない!」

「あなた方は密接な関係、いえ、運用を統合しているとライザから聞き及んでいます。これはあなた方の総意ではないのですか!」

「決して違う! 皇帝が絡むセンシティブな問題だ、この世界の出身者の介入は出来る限り排除している!」

「では、なぜ彼らがいるのですか!」


 ヤニングスに露骨に怒りと侮蔑を込めた問いをぶつけられるが、矢沢には答えられなかった。何が起こっているのかまるでわからない。わからないことは答えられない。


「それはわからない。ロッタ、君なら答えられるだろう!」

「我は立案された計画に従い、任務をこなしているだけだ」

「な……ならば、計画の立案者はフロランスか! 君たちに上位組織はない、上位存在といえばフロランスだけだからだ」

「その通りだ」


 ロッタはヤニングスの剣を押し返すと、矢沢へ振り返り不敵な笑みを見せる。しかし、矢沢には誰かを罠にハメたことを喜ぶゲスな顔にしか見えなかった。


「え、この皇帝襲撃作戦って、ヤザワさんが立てたものじゃ……」

「そんなわけないじゃないか! アメリアちゃん、君は何を言ってるんだ!」


 ロッタの言葉を聞いたアメリアは、混乱しているのか息を荒げながら後ずさりした。隣にいた愛崎が怒りを込めてアメリアに反論する。


「……なるほど、これでようやくわかりました。あなた方の関係性が」


 ヤニングスはレイピアを体の横へ大きく振るうと、彼らしくもない激情を湛えた目をロッタに向けた。


「よくよく考えればわかったことです。母港のない灰色の船には、十分な補給と整備が必要です。フリードランドにはそれができます。あなた方はフランドル騎士団に協力することを見返りに、彼女が持つ神の力を利用されてもらっているのでしょう。これまでは灰色の船、もといジエイタイが主導権を握っているものかと思っていましたが、実際は生殺与奪の権をフリードランドに握られていた。そういうことですね」

「……特に大きな相違はない」


 矢沢は左の拳を握りしめながらも、大人しくそうだと白状する。

 ヤニングスはレイピアを静かに下ろすと、ため息をついて頷いた。


「そちらの事情はよくわかりました。ですが、それは当方とは無関係。覚書は破棄させていただきます」

「……っ」


 矢沢はただ目を閉じ、頷くしかなかった。こうなってしまった以上、もはや覚書は意味をなさない。


 第2陣の破壊圏内に皇帝の馬車は入っていない。逆に近衛軍と交戦中のフランドル騎士団の人員は十数名かエリアに入ってしまっているが、もはや構うこともなかった。


「ヒトサン、第2陣を爆破せよ。繰り返す、第2陣爆破せよ。送れ」

『……了』


 ほんの少しの間をとった大宮は、感情を押し殺した事務的な声で返答する。

 その直後、森の中に先ほどとは比べ物にならない巨大な爆発音が響き渡った。辺りは白い光と熱波、衝撃波が駆け抜け、遅れて黒煙が周囲を覆い始めていた。森に散らせた5インチ砲弾のIEDが一斉に爆発し、近衛軍の車列を襲ったのだ。


 近衛軍の車列はキルゾーンをやや外れてはいたが、これで部隊の半数は消し飛ばせたはずだ。フランドル騎士団の人員もろとも。


「これは……陛下!」


 爆発が起こると、ヤニングスは血相を変えて皇帝の馬車へと舞い戻る。その速さは、まるで戦闘機が地上で飛行しているかのような、目にも止まらないほどのものだった。

 同時に、ロッタも先ほどまでの不敵な笑みを消し、青ざめた表情を見せている。


「お前、何をした! あそこには、我の部下が──」

「我々の作戦圏内に断りもなく立ち入った君たちが悪い」


 矢沢が冷徹に言い放つと、すぐ近くに何かがドサリと落下した。直後に赤い液体を振りまいたそれは、フランドル騎士団の軽装鎧を身にまとった胴体の残骸だった。爆発の余波でここまで飛ばされてきたのだろう。


「……っ!?」


 さすがのアメリアも、人の原型がやや伺える程度に破壊された肉塊を見て、口を手でふさぎながらその場に崩れ落ちた。


「お前……! よくも仲間を!」


 ロッタは今までに見せたことのない激しい怒りを露わにしながら、矢沢の胸倉を引っ掴んだ。小学生以下の背丈では、つり革を必死に掴もうとする子供のように見えなくもなかったが。

 だが、そんな彼女にも矢沢は微笑ましさを見いだせなかった。矢沢はそのまま動くこともなく、ロッタを見下ろす形になる。


「それは我々のセリフだ。この作戦が成功すれば、550名の邦人が命の危機から脱することができた。それをフイにしたばかりか、我々の命まで危険にさらしたのはフランドル騎士団の方だ。我々は出来得る限り自衛隊員の命を守るためにリスク回避をしただけだ」

「この……クズが!」

「お前たちが言うな!」

「っ!?」


 愛崎が横から割り込んできて、怒るロッタの頭を殴りつけた。不意を衝かれた彼女は矢沢の戦闘服から手を離し、その場に尻もちをついた。


「お前たちの……お前たちのせいで!」

「あら、部下を何十人も殺しただけじゃなくて、ロッタちゃんにも手を上げるなんてね」


 愛崎がロッタに掴みかかろうとしたところ、フロランスが他の騎士団員と共に姿を現した。ヘリのランディングゾーンがある方角から茂みをかき分け、矢沢と相対する。


「フロランス……君は何ということをしてくれたんだ」

「あなたは言ったわ。これがチャンスだって。わたしたちは、それを逃そうとはしなかった。それだけよ」

「状況は変わっている! 邦人を全て奪還できれば、次は君たちに全面協力すると言ったはずだ!」


 矢沢はひたすら怒りをフロランスにぶちまける。全てを台無しにした裏切り者を糾弾するために。

 だが、フロランスは悪びれる様子もなく言い放った。


「無理ね。周辺国と同盟をしようにも、12の神器の1つである鎧の力を求める国は多いの。領土の割譲だって普通にあること。全て元通りにするには、アセシオンから領土を奪い返すしかないの。そして、ジエイタイはその力を持っていない。地上部隊がいないもの。だから、皇帝を人質にして、先にダリアの地を解放してもらうことにしたの。そうすれば、アセシオンの一領主に対抗できるだけの軍事力は復活できるし、ジエイタイの技術をそこに投入すれば、あなたたちの仲間を奪還するためにダリア軍を動かせるわ」

「また戦争を起こせというのか……!」

「軍事力を背景に交渉してもよかったと思うわ。今のアセシオンは力を大きく落としているんだから」


 フロランスは普段通りの柔和な微笑を浮かべてはいるが、普段の少女らしい思考ロジックではなく、戦略を基に軍を動かす将軍のそれだった。


「とにかく、フロランスは拘束させてもらう」

「そんなことをすれば、協定を離脱するわ」

「……っ!」


 ダリア王国の巫女フロランスは、ただ年相応の少女らしい可愛げのある笑みを浮かべるだけだった。


 もはや戦場は矢沢の思い通りにはならない。完全にかき回され、フロランスの手中に収まってしまっていた。

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