424話 死神少女ルウカ
「国連安保理決議違反が疑われる船舶、日本の入港禁止船舶リストにある船舶の1隻。北朝鮮籍の石油タンカー、アン・サン1号ですね」
「ああ、私も知っている」
波照間が確認のために言うと、矢沢も同意する。
北朝鮮は核兵器を開発すると共に、その運搬手段である弾道ミサイルの開発も進めている。国連安保理は核実験や弾道ミサイル実験の中止を求め、制裁を行う決議を行った。その制裁を逃れているとして、日本に入港を禁止されている船舶が、そのアン・サン1号と呼ばれる石油タンカーだ。
目の前で浮遊しているオバケの少女が口にした船名は、確かに当該船舶のことを指しているはずだ。韓国という地球の地名まで出た以上、まさか同名の船がこの世界にあるわけでもあるまい。
「ねえ、確認を取りたいんだけど、あなたって何者?」
「そうだねぇ……あたしはルウカ・セルシオビッチ。送りの神っていうお仕事をやってるの」
「送りの神?」
「そう、送りの神。死んだ人の魂を集めて、あの世に送るのが仕事。死神? みたいな感じかなぁ」
「死神……」
死神という不気味な単語に反応した矢沢は思わず身構える。魔法が存在する世界では、死神さえも存在しうるというのか。
恐る恐る、矢沢は死神と名乗る少女に質問する。
「その死神が何をしに来た。まさか、その船の名前を出しに来ただけではあるまい」
「もちろんだよ。実は、その船を調査してほしくて。もし何か有害なものがあるんだったら、引き取るなり処分するなりしてほしいって、ルイナが言ってたんだよ」
「そういうことか。しかし、北朝鮮の話題が出たところで、国連の制裁リストにある船の名を聞くとはな……」
「もしかすると、あたしたちが連れてこられた件に、北朝鮮も何らかの形で絡んでいるんでしょうか?」
「わからんが、いずれにしても放置しておくわけにもいくまい。波照間くん、船の調査には朝鮮語ができる君の力が必要不可欠だ。内務大臣襲撃計画の立案と並行して、船の調査もお願いしたい」
「はい。承知しました」
波照間は小さく頷きながら返答する。まだ若々しい彼女の顔立ちは、出会ったばかりの頃の亡き妻、美知子の姿を思い起こさせた。
「……? 艦長さん、どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない。年を取ると、面倒ごとを片付けるのが一段と嫌になってくるんだ」
「あはは、あたしも面倒ごとは嫌いです」
「君は真面目な方だと思っていたのだが」
「あたしが真面目だったら、多分特戦群には入っていないと思います」
「そうなのか?」
「あれでもヒネくれ者が多かったところなので」
波照間はクスクスと笑い、昔を懐かしむように話をする。
この世界にやって来てから1年、今では日本が恋しいとも思うことは少なくなり、ただ日課の業務と化した作業をこなすだけの、ある意味では日常を得てしまっている。
それは波照間も同じだった、ということなのだろう。
すると、傍で聞いていた少女、ルウカが慈愛に満ちた微笑みを見せた。
「えへへ、なんだか羨ましいな。2人とも、すっごく仲がよさそうで」
「同じ特殊部隊員同士、気が合うのだろうな」
「……艦長さんと気が合うと思ったこと、ないんですけど。艦長さん、女たらしですし」
「む……全く事実に基づいていない」
波照間から冷たい目を向けられ、冷や汗を流すことになる矢沢。あまりに事実無根な話を振られれば、困惑するのも当然だった。
*
「にゃにゃあ!?」
「あっ!?」
隊員たちにルウカを紹介するため、矢沢がルウカを士官室まで連れていったところ、ミルとルウカが顔を合わせ、互いに度肝を抜かれたかのような鋭い声を発した。
ミルは犬歯を見せて威嚇し、ルウカは眉をひそめつつも、困惑と攻撃衝動がないまぜになったかのような複雑な表情を見せていた。
思わず脳裏にキャットファイトという単語が浮かんだが、複数の意味で正しいものになりかねなかった。
「ミル、ルウカ、まずは落ち着いてくれ」
「嫌ですにゃ! こいつ、マオレンでもないのに耳としっぽを生やしてますにゃ! きっとアタイのアイデンティティを奪いに来た刺客ですにゃ!!」
「そんなわけがないだろう……」
「はぁ、アホくさ」
矢沢はただ呆れるばかりだったが、その場に居合わせた瀬里奈は目を細め、辛辣な目線を投げかける。なぜか瀬里奈とミルは馬が合わないようだ。どちらも我が強いので、同族嫌悪なのかもしれない。
事前に集まっていた幹部や協力者たちはそれぞれ苦笑いをするなり、呆れて眉をひくつかせたり、かと思えば優雅にコーヒーを味わっていたりする者もいて、やはり自衛隊員はよほどのことでは動じないのだと安心感を得ていた。
「えへへ、猫さんが2人もいて、とっても楽しいですね!」
「副長、今はそれどころではないのだが……」
ただ1人、佳代子だけは目を輝かせてミルとルウカをまじまじと子供のように観察しているのだった。彼女だけはメンタルが子供だ。
とはいえ、この程度のガス抜き程度ならば、むしろ彼女の存在は歓迎すべきなのだろう。そう現実逃避をしながら、矢沢は資料を配り始めるのだった。
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