163話 皆川 銀

 アメリアがヤニングスを下した後、程なくして近衛騎士団は降伏。波照間の指示通りに武装解除が進められた。

 皇帝はアリサに連れられ、茂みに隠れながら森からの離脱を図るも発見され失敗。他の騎士共々あおばへ移送された。


 一方、フランドル騎士団は協定違反こそ犯してはいないものの、自衛隊の作戦を妨害したとして敵対行為と見做され、フロランスやロッタを含む一部の幹部があおばで事情聴取を受けることになった。

 ヤニングスから攻撃を受けた矢沢と佐藤、瀬里奈に関してはフロランスの魔法により一命を取り留めたが、戦闘に参加した隊員2名が命を落としている。


 今作戦は戦術的に言えば失敗、戦略的な影響は未知数と結論付けられた。当初は交戦する予定さえなかったのが、死者2名を出した上に目的の変更を余儀なくされた他、皇帝拉致から数日経った現在でも、政府側のレスポンスが無いからだ。


 意識を取り戻した矢沢は医務室のベッドで報告書を読むと、まずは皇帝を逃す最悪の事態を回避できたことに安堵し、次に死者を2名も出してしまったこと、そしてアセシオンやフランドル騎士団と溝を作ってしまったことを嘆いた。

 今後は更に危険な綱渡りを要求されるだろう。それをいかに乗り越え、安全な道に舵を切れるかが今後の課題だ。


 ともあれ、次の一手は旗印を失った政府との交渉となる。報復を受けないよう、万全の態勢で臨むべきだろう。


 矢沢がぼんやりと医務室の天井を眺めながら考えていると、目隠しのために配されたカーテンが開け放たれる。そこにいたのはアメリアだった。にこやかではあるが、どこか心配そうに見つめてくる。


「ヤザワさん、気分はどうですか?」

「問題ない。傷は癒えている」

「よかったです。もしかすると、お体に障っていないかと思って……」


 えへへ、と安堵の笑みを漏らすアメリア。矢沢と向き合う彼女の雰囲気は、やはり前とは違うものを感じる。


「わざわざそれを言いに来たわけではあるまい。どうした?」

「あ、いえ、本当にヤザワさんが心配で……」


 矢沢が問いかけると、アメリアは焦っているのか手を体の前で振る。

 すると、彼女の背後から見慣れない銀髪の少女が現れ、アメリアの脇腹を小突いた。


「何言ってんのよ、恥ずかしがることもないじゃない」

「そ、そんなのじゃありません!」

「嘘おっしゃい。本当は自分が活躍したことを褒めてほしいくせに」


 銀髪少女が腕を組みながら言うと、アメリアはなおのこと慌てて後ずさりする。冷や汗も見えることから、図星なのだろう。


 この小さな女の子が、報告書にあったアメリアのペットであるネズミのまーくんか。矢沢は彼女に目を遣りながらも、アメリアの望み通り活躍を褒めることにした。


「アメリア、我々を救ってくれてありがとう。君がいなければ、どうなっていたことか想像もつかない」

「そんな、褒めてもらうことなんて……」

「いや、君は立派だ。自分のやりたいことを考え、そして自分にできることをやった。誇ってもいい」

「えへへ、そんな……」


 年頃の少女らしく、アメリアは頬に手を当てて赤面していた。過去のしがらみから解放されたおかげか、その恥ずかしがる仕草すら嬉しそうだ。

 もうアメリアのことで心配することはあるまい。今は素直にアメリアの成長を喜びたかった。


 ただ、それより気になるのはアメリアの魔力を得たという銀髪少女のことだった。矢沢は彼女に目を移すと、おもむろに話しかける。


「君のことも聞いている。アメリアを救ってくれたそうじゃないか。まーくん、君にも感謝しよう」

「ありがたく受け取っておくわ。けど、まーくんはやめてほしいわね。アタシ、これでもメスだし」

「それはすまない。君は何と呼んでほしいのかな」

「そうねぇ……どうせなら、そっちの言葉の名前が欲しいわね」

「日本語の名前か……わかった」


 矢沢は少し悩んだが、少女の望み通りにしようと思っていた。

 名前は人を表すと共に、当人が所属するコミュニティの歴史や文化も表す重要なものだ。この世に生を受けた者ならば、当然のように受ける権利がある。

 しばらく考えた後、矢沢は満を持して答える。


「では、君の名前は『皆川銀』としよう。皆川が苗字、銀が名前だ」

「ミナカワ・ギン……ふーん、どういう意味があるの?」


 銀髪少女は嬉しいのか頬を染めて口元を緩めていたが、至って平静に名前の由来を聞いた。


「皆川という苗字は日本の地名由来だが、むしろ字の構成に注目した。皆という字は『その場の全て』という意味を持ち、川はその外見の通り一方向に流れるものだ。それを共に進む仲間という意味で捉えた。名前の銀は君の銀髪を表すとともに、アメリアのペットということも鑑みて、金属の銀と、それが象徴する『月』をモチーフに当てはめた。月は誰かに付き従うものであり、銀自体も2位を象徴する。アメリアのペットである君を表すにはうってつけの名前だろう」

「ふーん、仲間と付き従う者ねぇ……ま、いいわ。ありがと」

「よかったですね、まーくん」

「だから銀だって言ってるでしょ!」


 銀髪少女、もとい銀はアメリアに怒鳴って破顔するのを堪えているが、嬉しそうなのは全く隠せていない。

 若干釣り目気味なので気が強そうと思っていたが、案外可愛らしいところもあるようだ。


 本人には黙っているが、銀はかつて男性を象徴したが、現在は女性のモチーフとなるものでもある。

 今までオスだと思われていたことからピッタリだと思っていたが、それを伝えると怒られそうなのでやめたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る