164話 身勝手の代償

「君たちがここに呼ばれた理由はわかるな」

「ああ、よく承知している」

「不本意だけど、仕方ないわね」


 矢沢は艦長室でロッタとフロランスの2名と面会していた。テーブル越しに向かい合う形でソファに着席し、ロッタは厳しい目を、フロランスは困惑混じりの悲しげな目を矢沢に向けていた。

 部屋には戦闘用魔法防壁の魔力収束を阻害するという結界が張られ、さらには波照間と大宮が9mm機関けん銃を所持して2人の反抗や侵入者に備えている。

 以前までの2人には絶対にありえない対応だが、現在はそうする他にない。これは矢沢の、ひいては護衛艦あおばクルーの、フランドル騎士団に対する不信の表れに他ならない。


 自衛隊の信頼に背く行為をしたという意識は2人にもあるだろう。彼女らの下につく部下たちの一部、特に作戦立案を行った幕僚にもその意識はあるはずだ。逆説的に言えば、その意識が無ければ関係はその場で破綻するのだが。


 それぞれ反応が違うロッタとフロランス。矢沢はまず反省の色がなさそうなロッタに話を聞くことにした。


「君たちが祖国回復のために行動したのはわかるが、我々の邪魔をするようなことはしないでもらいたい。我々もフランドル騎士団への支援として戦術指導や偵察機の貸与などを行ってはいるが、一度たりとも内緒で独自の作戦を計画し、君たちの活動を妨害したことはない。これは信頼に背く行為だ。違うか?」

「信頼も何も、アセシオンとの交渉はお前たちが勝手にしていることだ。最初は皇帝の拉致を計画していたのが、いつの間にか奴を逃す作戦にすり替わっていた。我らは皇帝を最重要目標だと捉えている。それを抑えられるチャンスを独断でふいにしたのは、他でもないお前たちだ」


 ロッタの言葉は完全に恨み節そのものだった。信頼を損なう行為をしたのはお前たちではないかと、そう言いたいらしい。


 そこで、矢沢は目を閉じて考え込む。確かに、アセシオンとの交渉は自衛隊側の勝手ではある。しかしながら、そこには何らかの形でフランドル騎士団の利益も絡んでくる。そこをどう折り合いをつけるかは、話し合わなければつけられない。

 ただ、フロランスはそう思えないようだ。


「ロッタちゃん、それは違うわ」

「フロランス、今はロッタと話をしている」

「……っ、ごめんなさい」


 フロランスの表情に、いつもの笑顔はなかった。矢沢に諌められた彼女は、ばつが悪そうに目を逸らした。

 一方で、ロッタはやはりあだ名を言われて怒りを露わにする。


「おい、ロッタと呼ぶなと何度──」

「お前、また──」

「今はそれを論じる時ではない」


 ロッタは矢沢の顔面を狙い、右の拳を前に突き出した。大宮が短機関銃を構えるが、矢沢はロッタの拳を左手で受け止めていた。


「……っ!?」

「私も元特殊部隊員だ。子供の拳を受け止めるくらい容易い」


 さすがのロッタも、矢沢の防御には困惑していた。まさか受けられるとは思っていなかったのだろう。

 だが、矢沢はロッタの癇癪に付き合うつもりは毛頭なかった。それより騎士団との信頼回復が最優先事項だ。


「私は君たちを信頼に足る仲間だと思っていたが、そうではないと改めて気付かされた。我々は互いに利益を追い求める組織同士ということを失念していたんだ。適度な距離を保つ必要がある」

「そうだな。太陽はあらゆる生命の源だが、近づき過ぎれば焼き尽くされる」

「その通りだ。そこで、改めて協定を結び直そうと考えている。2人とも、それで構わないか」

「ええ、異論はないわ」

「我もそう考えていたところだ。ちょうどいい」


 ロッタ、フロランス共に首肯した。これ以上の不幸な行き違いを防ぐためにも、互いの立場を明確にしておく必要がある。それは決して険悪な関係になるということではなく、節度をもって相手と接するという人付き合いの原則に立ち帰るだけだ。

 

「草案は既にこちらで用意している。協議の上で決めたい」

「そうね。まずはビジネスパートナーからやり直しましょ。馴れ合いはダメよね」

「我も構わん。いずれにしろ、改めて今後の方針について協議したいと思っていたところだ」


 フロランスの表情が政治家のそれに似た、真面目で余裕あるものに戻った。

 そもそも少女らしくない、ミステリアスながら現実的なフロランスが、このような事態で一喜一憂するなど考えられなかった。確かに長嶺とのやり取りでは子供っぽい意地の悪さを見せたが、悲しそうな表情をしているわけではなかったのだ。


 ロッタがそうであるように、フロランスもまだ子供だ。重要なのは、彼女らが道を見失わないように教え導くことだろう。組織同士で距離を保つとは言ったが、こればかりは大人の役割だ。


 会談は短めで終了した。これ以上は無粋であるし、何より余計なことを言って関係にヒビを入れたくなかったからだ。

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