番外編 嫁探しブラザーズ・その5

「異世界の軍隊……どんな奴らなんだ」

「アニキ、マジでいいのかよ!」


 弟は兄の肩を掴み、恐怖に怯えた顔を見せる。


 空を飛ぶ謎の物体。しかも、それを操っているのはセリナの仲間だというのだ。

 得体の知れないものは恐怖心を煽る。それは仲間であっても疑念を抱かせるものだが、敵か味方かもわからない存在はなおさらだ。


 だが、ここで立ち止まっていてもしょうがない。賭けに出ると決めた以上、それに勝つための努力は怠らないようにするだけだ。


「とにかく、セリナに事情を説明して守ってもらうしかない。奴らに敵だと思われればそれまでだ」

「わ、わかったよアニキ。アニキを信じることにするからサ」

「それでこそ我が弟だ」


 兄は不敵に笑い、弟の背中を叩いて彼を鼓舞した。ここで恐怖に負けてしまえば、今までの苦労は水の泡になるのだから。

 兄が躍り上がって喜ぶセリナを呼ぶと、彼女は兄に向き直った。


「セリナ、少しいいか」

「お、どないしたん?」

「君の仲間が見つかったことはいいことだ。おめでとう。だが、我々は決して人族と関係が良好とは言い難い。そこで、君には彼らへの説明をしてほしい。オレたちは敵対的な存在ではないと」

「ええよ。命の恩人やて、しっかり伝えたるわ」


 セリナは迷うこともなく、兄に微笑みかけた。その可愛らしい笑顔に、兄はドキッとさせられてしまう。


 11歳といえば、人族基準ではまだ子供に当たる年齢のはずだ。しかし、セリナは既に女性としての魅力を身に着けつつある。おまけに、その魅力を自分では自覚できていない。


「ん? どないしたん? おーい」

「……っ、何でもない」


 何もなければここで襲っていたところだが、セリナの仲間がすぐに駆け付ける。セリナ自身も戦闘力がある中、そんな状態で襲っても状況を悪化させるだけだ。兄は毛皮の腰ミノの下でいきり立つ自身をセリナから隠しつつ、深呼吸して気分を落ち着かせようとする。


 すると、またどこからか聞き慣れない音が響いてくる。今度は上を飛んでいる飛行物体の比ではないほどに音が大きい。いや、重いと言ってもいい。重厚かつ力強い、それでいて恐怖を与えてくる音だ。


 それはすぐに姿を見せた。セリナが手を振った飛行物体より遥かに巨大なもの、まるで海に棲むフグを巨大化させたような物体が空から舞い降りてきたのだ。


「マジカヨ……」

「あれが、異世界の乗り物だというのか……?」


 弟と兄は一様に口を大きく開けたまま狼狽していた。あれほどの巨大な物体が魔力の波動も感じさせずに空を舞うなど、この世の理を大きく逸脱している。


「よっしゃー、やったで! ほな行こか!」


 そんな兄弟の気を知ってか知らずか、セリナは笑顔で2人に手を振った。その背後で巨大なフグが舞い降り、木の葉が積もる地面へと着地した。


 よく見れば、物体の上には高速回転する半透明の円盤が付いている。これが轟音の正体であることはわかったが、どうやって空を飛んでいるのか全く理解できない。


 すると、横腹が横にスライドして開いた。どうやらドアだったようで、中から筋骨隆々な人族の男が出てくる。セリナとは違う青い上下の服に、黒く複雑な形状をした棒状のものを持っている。


「瀬里奈ちゃん、ダメじゃないか! 勝手に出歩いて、副長たちが心配していたんだぞ!」

「う、ごめん……」


 セリナは男に怒鳴られると、子犬のように項垂れてしまう。さすがに怒られたのが堪えたか。


「で、でも、おもろい連中と友達になったで! ほら、見てん!」


 セリナはそう取り繕うように言うなり、ゴブリンの兄弟に指を差す。男は兄弟の姿を確認するなり、強い殺気を放ちながら黒く長い物体を構え、先端の穴を兄へと向けた。


「まさか、ゴブリンか!?」

「あーっ、待ってーな! この2人はうちの命の恩人やねん! 困ってるみたいやから、助けたってや!」

「命の恩人? 本当かそりゃ」

「せやせや! な、自分らも説明してな!」

「あ、ああ……」


 セリナの説得で、男は戦闘態勢を解いて兄弟をまじまじと見つめる。敵意は無くなったようだが、疑念は全く払拭できていない。

 まずは兄から彼と話をすることにした。


「オレたちはエイディーン大陸から来た。見ての通りゴブリンだが、この大陸にいるような粗暴な連中とは違う」

「ソウダソウダ! あのクズと一緒にしないでくれよナ!」


 兄は腕を組みながら、弟は右腕を上げて抗議するかのように言う。男はやや呆れ気味でため息をつくと、2人に声をかけた。


「わかった。瀬里奈ちゃんを助けてくれてありがとうな。じゃ、達者で暮らせよ」

「待ってくれ。オレたちはワケあって嫁探しをしている。情報収集を兼ねて、お前たちと交流をしたいと思っている。オレたちに敵意はない」

「冗談言えよ……あー、ちょっと待っててくれよな」


 男はフグのような乗り物に戻る。


 数分ほど経ったところで、彼は再び兄弟の前に姿を現した。


「わかった。とりあえず乗ってくれ。ただし、妙なことしたらその場で降ろすからな」

「それでいい。信頼醸成は難しいものだ」

「マジカヨ、アニキ……アレに乗るのかァ?」

「我慢しろ。嫁探しは諦めたか?」

「ッ……」


 弟は乗り気ではなかったが、兄が諭すと大人しくなった。


 こうして、ゴブリンの兄弟はセリナが乗る船に招待されたのだった。

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