番外編 嫁探しブラザーズ・その4

「異世界だと? 別の世界があるとは信じられん」

「カワイイ女も一杯いるかナ?」

「食べ物もうまいし、ほんまええとこやで! 女の子は、まぁ、せやな」


 セリナは異世界のことを上機嫌で語っていたが、弟が鼻の下を伸ばしているのを見るとぎこちなく目を逸らしてしまう。


 少女セリナとの出会いから丸一日、兄と弟はすっかりセリナと打ち解けていた。兄は自分と弟の性欲を抑え、できる限りセリナには誠実に接するようにしていたお陰だろう。


 猪突猛進な弟とは違い、慎重には慎重を期するのが兄の信条だった。できるならセリナを帰さず、様々な場所に連れまわして多様な経験を積んでおきたい。もちろん叶わない願いではあるので、兄は悔しがるしかなかったのだが。


 何度も小休憩を挟みつつ、普段から水飲み場として使っている湧き水の泉に向かう。森の土壌を通過した雨水が集まり湧き出る場所であり、近くのリットナー川より清浄な水が湧出している極めて貴重なエリアでもある。もちろん魔物もそれに比例して出現しやすい傾向にあるが、危険なものはリットナー川の上流に陣取る故に出現しないので、セリナに強さをアピールするにはもってこいの場所というわけだ。


 しかし、それにしては魔物に全く出くわさない。弟やセリナは気づいていないようだが、兄は不審に思っていた。


「ふむ……」

「どないしたん?」


 兄の危惧を察してか、セリナが兄の顔を覗き込む。


「ああ、何でもない。食料を調達せねばと思っていたところだ」

「食べ物なぁ……もう変な木の実とかは勘弁してや」

「オイラも木の実はイヤだからナ! 今日は肉を食ウ!」


 セリナは半ば呆れたようにため息をつく一方、弟は神に宣言するかのように高らかに声を上げる。


 この近辺になっている果物は栄養価が高いものの渋みが強く、この森に住む動物は口にしないものが多い。実際、セリナにはトラウマものになっているようだった。


「さすがに木の実ばかりでは気が滅入るだろう。今日は肉を取ろうかと思っている」

「肉! ええな! あ、でもコショウとかソースがあらへんな……」

「ソース……? 何だそれは」

「味付けに使う調味料やねん。めっちゃうまいねんなこれ!」


 彼女にとっては懐かしの味なのだろう、そのソースという調味料を思い出してか、喉を鳴らして空を見上げている。

 食事の味付けといえば塩やスパイスに限られるが、異世界では見知らぬ料理や素材が存在するのだろう。それを考えると、セリナがホームシックに陥ってしまったりしないか心配だ。


「せやな……船に戻ったらいくらでも食べられるんやけど」

「船にそんなウマいものがあるノカ!?」

「せやで、めっちゃうまいでー」


 弟は性欲も強いが、食欲も生半可なものではない。セリナの話を聞いて口からよだれが垂れてしまっている。


「意地汚いぞ。それより、まずは水を──」


 確保するぞ、と兄が言いかけた時だった。木の葉が擦れる音に混じり、連続した聞き慣れない音が耳に入ってくる。


 それはやがて大きくなっていく。虫の羽音のようで、それにしては大きすぎる。


「アニキ、魔力は感じないけどヤバそうじゃナイカ!?」

「くそ! セリナ、木陰に隠れろ!」


 何かを感知したらしい弟に兄は従い、木陰に身を隠す。セリナにも隠れるよう促すが、彼女は全く聞き入れようとはしなかった。それどころか、見つかりに行こうと広い場所に出ていく始末だ。


「大丈夫や! これな、うちの仲間が持ってるラジコンやねん!」

「らじ……?」


 兄と弟は一様に首を傾げる。セリナが喜んでいる様子からして、本当に仲間が来たというのか。

 それから数秒とせず、鳥のような影が木々の真上を通過していった。それと同時に不快な連続音も遠ざかっていく。


「おーい、ここやー!」


 セリナが叫ぶと、再び鳥のような影が戻り、上空を旋回し始める。兄が目を細めてそれを見ると、鳥ではない何かが空を飛んでいるのが見えたのだ。


「あれは何だ……? 羽ばたいていない上に、謎の音を出しているが」

「よっしゃー! 見つけてもらえたで! すぐにおっちゃんらが迎えに来るわ!」

「迎えに来るのか?」

「アアア、マジカ……」


 兄は耳を疑った。これから3日かけてセリナと親交を結び、あわよくば番いになろうとした作戦は失敗に終わろうとしている。弟も絶望して頭を抱えてしまっている。

 そんな2人の気も知らず、セリナは躍り上がって喜んでいた。もう自分は大丈夫だと言わんばかりに。


 ここは撤退すべきか、それとも彼女を連れて姿をくらますか、それとも成り行きに任せるか。


 いずれにしても悪い状況になりそうな気がしてならなかった。撤退すればチャンスを逃すことを意味し、無理やり連れていけば彼女の信用は失墜する。成り行きに任せるのも、異世界人の思考が全く予測できない故に危険度が高い。


「アニキ、どうするんだよコレ……」


 普段は考え無しの弟ですら、どうしようもなく兄に助けを求めている。

 兄はできるだけリスクを抑えたいと思っていたが、セリナを取り逃がせばリスクどころか利益が望めなくなってしまう。


 利益を取るか、リスク回避を取るか。兄はこれまでの経験を考慮し、慎重に答えを出す。


「うぐぐ……いや、ここは成り行きに任せよう。うまく行けば、セリナの仲間とも交流できるかもしれない」

「マジカヨアニキ! アァ、これからどうなるんダヨ……」


 弟は兄の決断に狼狽するが、それ以上何か文句を言うことはなかった。

 危険は承知だが、博打を打てるだけまだマシな方だ。チャンスを逃せば、博打どころではないのだから。

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