172話 野心家の野望

 帝国内の上級貴族は、大きく分けて2つの派閥が存在している。

 1つがあおばとの交渉を行い終戦を目指す講和派。もう1つは徹底的な抗戦を主張する主戦派だ。全貴族13名中、捕縛されたベルリオーズを除けば、双方とも6名を抱えている。サリヴァンは主戦派に所属しているが、他の主戦派とは一線を画した考えを持っている。


 サリヴァンの古くからの領地であるアセシオンの西部、旧ダリアとの国境線沿いに存在する湖水地方ワルトラ地域の、開けた平原にある湖のほとりに屋敷を構えている。その屋敷でサリヴァンは主戦派の1人、レオニード伯爵と秘密の会談を持っていた。


 すっかり秋の冷たい空気が漂うようになった応接間で、レオニードは窓の外に広がるキスラー湖を眺めつつ、紅茶を嗜むサリヴァンに語り掛ける。


「サリヴァン先生、あなたの権力基盤は既に固まったと言えるでしょうが、まだ不十分でしょう。主戦派の連中は名誉にこだわり亡国の危機も理解せず、講和派の連中は奴らが持つ武器を完全に恐れてしまっている。先生の采配で彼奴らを黙らせてしまいましょうぞ」

「既に策は打ってある。どちらも黙らせることのできる、最高の計画があるのだ」

「ほお、さすがは先生。して、その作戦とは?」

「これは陛下がやったことの二番煎じではあるが、あの考え無しが衝動的にやらかしたこととは違う。完璧に奴らの裏を掻き、我らに確実な勝利をもたらす。詳細は後ほど説明しよう」


 サリヴァンは紅茶を一口啜ると、自然と頬を緩ませてしまう。


 あの灰色の船が現れてから3ヶ月以上。既に帝国は大損害を被っており、立て直しには長い時間を要する。ジンとの兼ね合いもある。これ以上の失敗は許されなかった。

 ともなれば、サリヴァンが直接指揮を執るしかなかった。いや、奴隷商売をあれだけ邪魔されて、黙っていられるわけもなかったのだ。


 アセシオンが強力な軍を維持し、拡張政策を維持できたのは、奴隷商売で得た富で兵士たちに給料を支払い、兵站を強化できたからだ。それを行えなければ、軍は小規模にせざるを得ない。それはアセシオンの力が衰えることであり、周辺国が付け入る隙を与えることになる。


 そんなことには絶対にさせてはいけない。なるべく被害を最小限に、かつ早急に敵対勢力を排除しなければならない。

 サリヴァンは言葉を続ける。


「陛下は使い物にならない。次に帝都の土を踏んだ時が、奴の最期だ」

「もしや、陛下を抹殺するおつもりですか!?」

「そうするしかあるまい。取引に使う商品がなければ、向こうも交渉はできまい」

「……左様でございますか」


 レオニードは何か言おうと口を開きかけたが、目を伏せて言葉を飲み込んだ。それに気づいたサリヴァンが声をかける。


「どうした、何か言いたいのか?」

「……さすがに陛下の暗殺はやりすぎかと」

「それでは、君はどこの誰ともわからん異世界人に首根っこを掴まれてもいいと、そういうのだな?」

「いえ、それは……」


 サリヴァンがじろりとレオニードを睨みつけると、彼は冷や汗を流しながらも手を振り、否定の意を返した。


 以前までは皇帝の親政が行われていたが、その皇帝が拉致されてからは、前皇帝が死去し、ジョルジュ2世が帝位に就くまでの短期間だけ統治していたサリヴァンが再び権力を握った。少なくとも近衛騎士団の指揮権と帝都の統治はサリヴァンが行うこととなっており、元から持っていた財力や戦力と合わせれば、この国でも一番の力を持っていると言っても過言ではなかった。


 ダリア領の領有についても、元はベルリオーズ辺境伯とサンティ男爵、そしてサリヴァン伯爵の3名が分割統治することになっていたが、ベルリオーズはオルエ村問題やアルグスタの破壊による責任を取る形で辞退させられ、サンティは夫人たちを誘拐されたことで国に泥を塗ったと難癖をつけられ、資産をほとんど奪い去られた。結果としてサリヴァンが裕福な国だったダリア領全域を領有し、更に力をつけたのだ。


 しかし、サリヴァンには気に入らないことがあった。ダリアが持っているという神器の1つ、聖鎧マジャンタを発見できなかったことだ。あれがあれば、皇帝どころか他の貴族たちも抑えて国を乗っ取れたのだが、それは叶わない夢となってしまった。


 そこで失われたと思っていた国の乗っ取りが、今や成功しつつある。後はあの灰色の船から頭を取り払い、船自体を手にすれば、この大陸は思うがままになるのだ。

 そのためにも、奴らに味方しているというジンの1人には偽情報を流し、無駄な努力をさせている。次は最後の詰めだ。


「さあ来い、灰色の船よ。海賊共は次で終わりだ」


 サリヴァンは余裕の笑みを見せながら、ティーカップに口をつけた。紅茶はやや冷めてはいたが、それも気にならないほどに彼の気分は高まっていた。

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