123話 超音速の女装男子
「敵への損害は薄いか……」
「分析通りなら、集積分の2割の損害がせいぜいです。戦力では5%削ったところでしょう。投射された火力はその辺のショボい野砲1門を数十分射撃した程度でしかありません。根本的に打撃力が足りないのは明白です」
「やはり、1隻分の巡航ミサイルと攻撃ヘリ2機分では、その程度が限界か……」
波照間からの報告を聞いた矢沢はため息をついた。
8年ほど前、アメリカ軍がシリアの空軍基地へ巡航ミサイル59発を叩き込んだことがあった。その時は相当な損害を受けていたが、あまり時間を置かずに復旧したという。
基本的に巡航ミサイルは遠距離の高価値目標に対して精密攻撃を行うための武器であり、ヘリの対戦車ミサイルもあくまで地上部隊の支援で用いられる。根本的に陸軍の破壊などできるわけがないのだ。
だが、巡航ミサイルの長所は奇襲性にある。その長大な射程と精密性で攻撃を行うことで、相手にどこからでも攻撃されるという恐怖を与えることができる。そして、敵に対応を強要させてリソースを無駄に割かせるのだ。その点に関しては野砲より優れていると言えるが、いかんせん広範囲攻撃に使うにはコストパフォーマンスが劣悪すぎる。
「あおばと一緒にアメリカのCSGが2個くらいいてくれればよかったんですけどね」
「それだけの戦力がいれば、それこそアセシオンは即座に踏み潰されていただろうな」
冗談を言う波照間だが、どのみち無いものねだりでしかない。矢沢は呆れながらも苦笑いを返していた。
しばらく波照間とヘリ甲板を歩きながら今後について話し合っていたところ、格納庫脇のドアから慌てた様子のアメリアとフロランス、そして瀬里奈が矢沢へ駆け寄ってくるのが見えた。何か緊急事態だろうかと考えたが、それならば艦内放送があるはずだ。
「君たちか。一体どうした?」
「ああ、ヤザワさん! 今すぐ司令部に戻ってください!」
「大きな魔力源が凄まじいスピードでこっちに来るわ。今すぐ退避した方がいいと思うの」
「うちも感じるねん! やばいて!」
アメリアや瀬里奈はともかく、フロランスも平静を装いながら冷や汗をかいている。その魔力源というのが何かはわからないが、彼女らはいずれも魔法の能力に秀でた者たちだ。無下にはできない。
「わかった、一度戻ろう」
「あたしは艦外で警戒監視をしておきます」
「任せる」
波照間と矢沢が頷き、それぞれ格納庫へと駆け出した時だった。矢沢が思った通り、艦内放送が流れてくる。
「対空戦闘用意。これは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない」
徳山が発する戦闘配置の号令だ。かなり切羽詰まった声であり、かなり緊急の用件であることが窺える。
だが、格納庫脇の扉に手をかけたところで、アメリアが声を荒げて叫んだ。
「来ます! 伏せて!」
「ぐっ……!?」
彼女が言い終えるのと、爆発のような強い衝撃が矢沢を吹き飛ばしたのは、ほぼ同時のことだった。矢沢は突然の衝撃に耐えきれず、甲板外の落下防止用ネットに叩きつけられるようにして止まった。
「何が、あった……?」
衝撃と体の回転で混乱した頭をどうにか働かせ、体を起こす矢沢。それが去ったと思われる左舷側、海の方を見ると、はるか遠くで小さな紫の光点が右旋回を行っているのが確認できた。明らかにロシアが保有しているマッハ10クラスの対艦ミサイルより速い。
「大丈夫? ほら、立って」
フロランスに助け起こされた矢沢は、片時も紫の光点から目を離すことはなかった。あれが何なのか、戦慄しながらも気になっている。
ほんの数秒後、その光点は海を超低空で飛行し、海面が爆発しているかのような水しぶきを上げながらあおばへ戻ってくる。
それは急速に速度を落とすと、矢沢のすぐ鼻先で停止した。
「……冗談もいい加減にしてくれ」
「ごめん、力を制御できてなくて」
鼻息がかかりそうなほど近くにやって来たのは、魔女の衣裳を着込み、箒に乗って空を飛んでいる少女だったからだ。
全身紫の魔女服を着込んだ、中性的な顔立ちの少女。この女の子が猛スピードで低空飛行していたのかと思うと、矢沢は全身の力が抜けそうになった。
*
「ち、違うよ! ぼくは男!」
「そうなのか……」
幹部の何人かが集まった士官室の只中で、顔を赤らめながら必死に訴える少女、もとい少年。少女にも見える可愛らしいマスクに加え、どう見ても女物であるコスプレ魔女のようなローブをまとっているせいで、性別は完全に女にしか見えない。
「この世界の強い連中って変人ばっかやな」
「まさか、私まで変人扱いですか!?」
瀬里奈とアメリアの漫才はともかく、非番の幹部たちは渋い顔を少年に向けていた。
「で、マッハ16で接近して堂々とヘリ甲板に乗り込んできたのは、この女装少年だったってわけですかい?」
「そ、そこには突っ込まないでください……」
少年は武本にばっさり指摘されてしまい、涙を流しそうなほど悲しげに言う。自分でこの恰好をしているくせに、ずいぶんと嫌がっているようだ。
「そ、それより、ぼくはこの船に用があって来たんです。この船の船長は誰ですか?」
「私だ。日本国海上自衛隊、矢沢圭一1等海佐、護衛艦『あおば』の艦長をしている」
「ええ、よろしくお願いします。ぼくはエリアガルド・ウィンジャーと言います」
少年、もといエリアガルドはやっとハキハキした声を発した。さっきまで外見のことで相当いじられていたが、本来はしっかりした性格なのだろう。
とはいえ、この世界で弾道ミサイル以上の速度を発揮できる存在。決して舐めてかかってはいけないのは事実。矢沢は慎重に対応する必要があると見ていた。
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