156話 分断

「こいつら……!」

「あなた方は下がってください」


 近衛軍の兵士たちは矢沢らを包囲して攻撃しようとするが、ヤニングスは彼らを制止して前に進み出た。


 1人でやれるというのか。矢沢はヤニングスの鋭いまなざしを見ながら小銃を構える。他の隊員たちも一斉にヤニングスへ照準を合わせ、彼のレスポンスを待つ。


「手前を、いえ、アセシオンを舐めないでほしいものです」

「舐めているつもりはない。他国には敬意を払うものだ」


 ヤニングスの目は本気だ。怒りと悔しさ、そして失望を彼の目から感じる。

 彼の真意はわからない。我々のどこが彼らを舐めていると取られたのだろうか。

 ヤニングスは続ける。


「あなた方の船は強い。ですが、ただそれだけです。たった1隻の戦闘艦が1国に喧嘩を売るなど、おこがましいにも程があります。ましてや皇帝陛下と対等に交渉をしたいなどと、よく言ったものです」

「我々にはそうするしかなかった。それとも、仲間たちが連れ去られて奴隷にされるのを指をくわえて見ていろというのか」

「それがこの世界でのルールです。奴隷にされた者は永久に奴隷のまま。この世界の主要国ではそれが認められています。手前は本来認められない奴隷の解放を行ってまで国を守るために手を尽くしていました。その結果がこれです」

「これは事故だ」

「外交に言い訳を持ち込むのは見苦しいですよ」


 ヤニングスにピシャリと断られた矢沢は、それ以上言い合いをすることをやめた。このシチュエーションでは話し合いなど無意味に等しい。


「言い訳は持ち込めないが、言うことを聞かせることはできるはずだ。ロッタ、君たちとの話し合いはじっくりさせてもらう。今は──」

「ロッタと呼ぶなと、何度言わせれば気が済むのだ!」


 矢沢が言い終えるより前に、ロッタが股間へいつもの蹴りを叩き込んだ。すると、悶絶する矢沢を牽制するように波照間や愛崎がロッタに小銃の銃口を向ける。


「勘違いしちゃダメよ。あたしたちは大事な作戦を潰されて、物凄く怒ってるの。これ以上何かするようなら、フランドル騎士団と敵対することになるけど」

「そんなことできるわけがないわ。わたしたちは、あなたたちの補給を──」

「艦を失っても、あたしたちには日本人っていうアイデンティティがある! 泥水をすすってでも、必ず日本に帰るんだから!」


 不敵な笑みを浮かべるフロランスの牽制を、波照間は厳然とした態度ではねのけた。もはや誰にも屈しないと言わんばかりに。

 ただ、傍にいる愛崎は困り顔で波照間の方を向いた。


「ちょっと、艦長の許可なしにそれは……」

「いや、別にいい」


 矢沢は痛みを堪えながら立ち上がると、渋い顔をするフロランスとロッタに厳しいまなざしを向ける。


「波照間くんの言う通り、我々は日本人だというアイデンティティを持っている。決して他者に完全に屈服してしまうことはありえない。我々にとって有害な存在と判断すれば、それは元味方でも排除対象となりうる。あおばの補給物資が切れるまでならばフランドル騎士団のセーフハウスに巡航ミサイルを撃ち込める上、艦を失ってもアセシオンに情報提供はできる。敵を増やすような真似はやめた方がいい」

「アセシオンはあなたたちにとっても敵のはずよ。協力できるわけがないわ」

「水面下での関係は保っている。それに、ジンとの関係も持てたことだ。彼らと協力関係の軸を移してもいい。いずれにせよ、我々に被害を与えた以上、君たちとの関係は見直さざるを得ない」

「……っ」


 今度はフロランスが沈黙する番だった。矢沢に断固とした決意を語られ、味方を失うと認識させられれば手の出しようがなかった。


 今や自衛隊はフランドル騎士団にとってなくてはならない重要な立ち位置を獲得している。生命線を握っているからと驕っていたフロランスには強い一撃と言える。

 自衛隊の生死の問題ではない。フランドル騎士団が今後も生き残れるかどうか。それを天秤にかけさせているのだ。


 相手側の都合ではなく、自分の都合で考えさせる。

 何が、どの選択が、より利益となるか。政治家の決断とはそういうものだ。


 一方で、ロッタの怒りもふつふつと湧きあがっていたようだ。得物のバスタードソードを矢沢に向けて激しい言葉を放つ。


「貴様、よくもぬけぬけと!」

「全く、話の途中であなた方の分裂劇を見せつけられても困ります」


 矢沢を押しのけ、ヤニングスが前に進み出る。

 状況はほぼ完全に三つ巴。もはやフランドル騎士団も優位とは言えなかった。


 もはや事態の収拾がつかなくなりつつあったところ、すぐ近くの木が不自然にざわざわと揺れた。


「あっははははっ! 話は聞かせてもろたで!」


 不自然に揺れた木の上から、矢沢やアメリアはよく聞き慣れた少女のはつらつとした声が響く。


「うそ、瀬里奈ちゃん!?」

「瀬里奈、なぜここにいるんだ!」


 突如現れた瀬里奈の姿に、アメリアや自衛隊員たちは一斉にざわめき始めた。

 それにも関わらず、瀬里奈は不敵な笑みを浮かべながら言い放つ。


「うちかて戦えるんやで! とにかく、そっちの兄ちゃんを倒せば話は終わりやろ!」


 瀬里奈は右腕を天に掲げて小さな魔法陣を展開。それをヤニングスへ向けると、桃色に輝く光弾を連射した。


「っ、これは!」

「瀬里奈、本当に魔法が使えるのか!」


 ヤニングスが驚愕したのも束の間、光弾が次々に着弾し、矢沢をも巻き込むほどの爆発を連発させる。

 矢沢は瀬里奈が実際に魔法を使うところを見たことがない。本当に地球人が魔法を使えるなど信じられなかったが、瀬里奈が強力な光弾を発射したことで確定的となった。


「く……まさか、失われし滅魔の力……異世界人がそれを使えるとは」

「まだやぞ、うちはおっちゃんらを助けに来たんや!」


 瀬里奈は木の上からジャンプすると、ヤニングスの目の前に着地。地面を蹴ってヤニングスの腹部に右ストレートを食らわせた。


「う……ぐっ」


 非力な女子小学生のパンチのはずが、ヤニングスは体を折り曲げて吹き飛ばされ、道路を横切るように森の中を転がった。


 明らかに小学生どころか人間のパンチではない。凄まじい力を発揮する瀬里奈の姿に、その場の誰もが呆気に取られていた。

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