157話 運命の分かれ目

「うそだろ……」


 その場で起こったほぼ一瞬の出来事を、矢沢は茫然と眺めていた。

 アメリアを遊び感覚でいなし、ロッタさえ圧倒したヤニングスが数十メートルも吹き飛ばされ、地面を転がったのだ。


「団長!?」

「団長、ご無事ですか!」


 数名の部下たちがヤニングスに駆け寄り、彼を介抱する。ヤニングス自身はすぐに立ち上がったが、その表情は驚愕の色に染まっていた。

 驚いているのは彼らだけではない。ロッタやフロランスなどフランドル騎士団も矢沢以上に呆気に取られていた。


「滅魔の魔法……神殺しの力か」

「一応報告には聞いてたけど、まさかヤニングスにあれだけのダメージを与えるなんて……」


 瀬里奈が魔法を使ったという事実だけでも驚愕している矢沢は、何がそこまで驚くことなのかわからない。

 唯一あまり驚いていないアメリアに話を聞く。


「それほどに凄い力なのか?」

「そうです。魔法防壁の防御能力を大きく落とし、敵を圧倒する力です。これがあれば、ドラゴンを倒すのも夢じゃありません!」


 アメリアは瀬里奈の師匠として、魔法の基礎を伝授してきた。しかし、瀬里奈が手に入れたのは、アメリアでさえ予想だにしなかった力だった。


「滅魔の力は、かつて人類の敵対者だったダイモンが編み出し、やがて人類側にも伝えられた力です。魔法防壁が強力であればあるほど、与えるダメージは桁違いになるのが特徴です」

「だから滅魔の力か……」


 その魔法をなぜ瀬里奈が扱えるのかはわからないが、ヤニングスに有効なダメージを与えたあの力は本物だ。

 もしかすると、この状況をひっくり返すことも可能かもしれない。


 だが、矢沢はそれを是とはしなかった。民間人、それも子供を戦わせることなど、国民を守るべき自衛隊員としてできるわけがない。


「瀬里奈、戻れ!」


 矢沢は瀬里奈を制止しようとするが、当の瀬里奈は全く聞く耳を持たず、ヤニングスを追撃するため低空飛行して彼に殺到する。


「これで終わりや! マジカル──」

「倒されるのはあなたの方です」


 ヤニングスが呟くように言うと、いつの間にか瀬里奈の背後に移動していた。

 それも、赤銅色のサーベルを右手に持った状態だった。


「あ……っ」


 瀬里奈はヤニングスの腕力で強引に体を後ろに向けさせられた。次の瞬間には袈裟斬りで胸を大きく裂かれ、血を吹き出しながらその場に倒れ伏せた。


「瀬里奈! メディック、治療を頼む!」

「了解!」


 ヤニングスが何をしたのかはわからないが、瀬里奈が攻撃を受けて瀕死なのは誰の目から見ても明らかだ。

 矢沢と佐藤はわき目も振らずに瀬里奈へ駆け寄り、応急処置を施す。

 魔法防壁が機能しているにも関わらず、瀬里奈は動脈を幾つも切り裂かれ、ショックで気を失っている。あまりの被害の大きさに、佐藤は首を横に振った。


「艦長、出血を止められません。処置は不可能かと……」

「くそ、何という様だ……!」


 佐藤の報告は絶望的なものだった。矢沢は思わず地面に拳を打ちすえ、ただ歯噛みするしかなかった。

 瀬里奈を止められず、目の前で死んでいくのを見ているしかない。


 こんなにも無力なのか。あの男の前では。


「もう気にすることはありません。この機会に反乱分子を倒します。そうすれば亡命の必要もありません」


 ヤニングスは冷徹に宣言すると、赤銅色に妖しく輝く剣を中段に構えた。

 矢沢は小銃を彼に向けたが、引き金を引く前にヤニングスの剣が視界を覆い、次の瞬間には意識が飛んでいた。


  *


「瀬里奈……ちゃん……」


 瀬里奈や矢沢、佐藤が倒される姿を、アメリアは見ているしかなかった。

 瀬里奈が現れてから20秒足らず、ヤニングスの標的は他の隊員へ向けられていた。


「艦長!」

「この野郎、よくも艦長を!」

「各自散開して包囲の突破を図れ!」


 隊員たちは矢沢を倒されたことに怒りを露わにしたが、波照間が指揮を引き継いで包囲網の突破を図る。

 だが、その波照間にもヤニングスが迫っていた。


「次のリーダーはあなたですか」

「させません、私が相手です!」


 我に返ったアメリアは波照間の前に立ち、ヤニングスと対峙する。これ以上被害は出させない。

 すると、ロッタもアメリアと共にヤニングスの前に立った。バスタードソードを構え、何者にも屈しない強い目を向ける。


「ロッタちゃん……」

「お前だけでは倒せまい」


 ロッタは先程のことは何もなかったかのように笑みを浮かべながら言う。

 裏切ったのによく言う、と心中で思いながらも、アメリアは堪えて協力することにした。


 ここでヤニングスを倒さねば、誰も救えない。


 瀬里奈や矢沢、佐藤、そして波照間ら自衛隊員たち。誰もがアメリアの大切な仲間だ。


 仲間を救うことに理由が必要か?


 そんなわけがない。アメリアがどんなヘマをしようと、彼らは命をかけてフォローしてくれた。

 世話になりっぱなしなままでは仲間として申し訳ない。


 ここで報いて、本当の仲間になるんだ。


 自衛隊こそ、アメリアにとって安らげる場所だから。

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