55話 シュルツ邸

 波照間らBチームは、リーノの街の外縁部に建つバロック様式によく似た屋敷の前にいた。

 正門前に立てられた表札には『シュルツ邸』と書かれており、続いて商人向けの諸注意が記されている。


 アメリアは協力者になりうる人物を知っていると言っており、その最有力候補がこの屋敷に住んでいるらしい。


「ここがアメリアちゃんの言ってた屋敷ですか……」


 佐藤は生唾を呑み込み、異世界というより異次元の存在である豪邸を眺めた。どれだけ危険手当が出ようとも、公務員程度の給与では決して手に入らないだろう建築物は、その場にいる3名を圧倒するには十分な威圧感を持っていた。


「えーっと、これって正門から屋敷までだいぶ距離があるんだけど、勝手に入っていいのかしら?」

「まさか。侵入者だとみなされてアウトですよ」

「でも、インターホンなんてないんだし……」


 波照間の言う通り、この世界には地球で見るインターホンは確実に存在しないだろう。それを考慮すると、来客はどうやって内部へアクセスするのか甚だ疑問だった。


 そうなれば、アメリアの出番だろう。波照間が節電のため電源を切っていたHF通信機を起動しようとした時だった。


「もし、お屋敷に用ですかな」

「はひ!?」


 ふいに真横から声をかけられた波照間は、ビクッと体を震わせて腰に隠して吊っていたハンドガンのUSPタクティカルに手をかけた。

 声の主を確認すると、黒いテーラーズジャケットとスラックスを身につけた老齢の男性だった。丁寧に整えられた白い口髭を生やしており、全体的に顔の彫が深い。これまで出会った人々と比較すると、かなり現代的な格好をしている。


「誰だ」

「おっと、怪しい者では……というより、あなた方の方が怪しいのではありませんかな」


 濱本は声を低くして威圧するが、老齢男性はそれにも構わず口元を緩めて言う。


「あはは、そうですよねー……」


 波照間は目を逸らしながらもロングスカートのスリットから手を出し、頭の上に乗せて無抵抗であることを示した。そこまでする必要はないのではないか、と言いたげな佐藤の視線が気になるが、ここで敵対的な人物と見られてはまずい。

 3人の慌てた様子を見た老齢男性は、ふふふと小さく笑う。


「申し遅れました。私はベール、このお屋敷の従僕です」

「ああ、この家の人だったのね……あたしは波照間香織、後ろの2人は下僕よ」

「下僕……」

「そもそも軍種すら違いますよね!?」


 波照間のおふざけ気味な挨拶に、佐藤は気まずく下を向き、濱本はツッコミを入れる。

 その様子を見ていた使用人のベールは、微笑み返しながら口を開く。


「ここに来られたということは、旦那様に用事がおありでは?」

「そうなのよ。お屋敷に入りたいんだけど、どうすればいいのかわからなくて」

「それであれば、あちらの詰所を訪ねて頂ければよろしかったのですが」


 ベールは正門の脇へ手を向ける。そこには高速道路の料金所ほどの大きさの小屋が外壁を貫く形で建っていた。


「もしかして、あそこに人がいて、用がある時はそこに聞けばよかったのね?」

「ええ。私もそこに詰めておりましたので」

「あ、あははは……」


 自分としたことが、何たる失態か。波照間は苦笑いをしながらも、心の中では周囲の状況確認を怠ったことを強く恥じていた。たとえ戦闘の可能性が低く、なおかつ勝手が違う異世界の土地だとしても、情報収集は基本中の基本、それを抜かったのは特殊作戦群の隊員としても恥ずべきこと以外の何物でもない。


「ところで、ご主人様にはどのようなご用件で?」

「おっと、そうだった。この街でちょっとした情報収集を行いたいと思いまして。それで、ここの事情に詳しいはずのシュルツさんを訪ねてきたんです。アメリア・フォレスタルっていう子の紹介で……」

「アメリア……アメリア様ですと!?」


 波照間が事情を説明すると、ベールはアメリアという名前に強く反応していた。目を見開き、波照間にずいっと顔を近づける。


「え、ええ……」

「わかりました、すぐにお知らせいたします……!」


 ベールはそれだけ言い残すなり、大慌てで詰所を通って屋敷の中へ駆けこんでいった。

 それからわずかに10分後、波照間たちはボディチェックすら受けることなく屋敷の中へ入れたのだった。

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