203話 去り際の問いかけ

「ヤニングス、出発時間は過ぎている」

「ええ、申し訳ありません」


 ドラゴンの姿に変化したメリアがヤニングスを呼んでいる。

 日は傾き始め、これから夜の帳が降りようとしているのが見て取れた。あおばが予定していた停泊時間の期限が迫っていることに気づいた矢沢もその場を後にしようとする。


 ただ、聞いていないことも多い。後からダリア経由で質問状を出せばいいのだろうが、それをするまでもないこともある。

 矢沢は振り返ると、ヤニングスとメリアに声をかけた。


「少し聞いておきたいことがある」

「ええ、どうぞ」


 ヤニングスは矢沢へ向き直ると、快く口元を緩めて話を聞いてくれた。その好意に感謝しながらも、やはり聞いておきたかった質問を手短に言う。


「君は時間のループのことを知っていたが、それはなぜだ? 我々は何も言っていなかったと思うが」

「この星のどこにいてもわかります。メリアはジンで、手前も神器の力を持っていますので」

「神器の力だと……!? バカな」

「ウィンジャーから聞いていませんでしたか。アセシオンは神器のうちの1つである戦車を保有しています」

「待て、戦車、戦車だと? あり得ない、そんなものが……」


 矢沢は完全に狼狽してしまっていた。ヤニングス、もといアセシオンは神器の力を保有していたのだ。しかも、この世界の住民からは到底口にされないような単語が飛び出してきたのだから。


 だが、メリアはかぶりを振る。


「お前たちが想像する『装甲戦闘車輛』ではない。俗に言う『チャリオット』のこと。神器の能力者は極めて遠距離にいる者とも会話が行える」

「ああ、チャリオットか。しかし、強力な通信能力を持っていたとは……」


 メリアの突っ込みを聞いた矢沢は引きつった顔で苦笑いしてしまっていた。現代人で『戦車』と聞けば、重厚な装甲と戦車砲を搭載した巨大な車両を想像するが、彼らの言う『戦車』は、ツタンカーメンなど古代の王や軍人が乗っていた馬で牽く軽快な戦闘車両のことだ。


 所有している能力も現代から見てもチート気味なものだ。通信ノードを介さず広域通信を可能とするなど、通信インフラいらずの凄まじい能力だと言える。まさにズルだ。

 ライザの行動、ハイノール島での奇襲、艦隊行動や大規模な航空管制。それらはヤニングスの能力だったのだろう。


「ジンや神器の力を得た者は、神器が発する魔力に敏感に反応します。特に象限儀の暴走は極めてわかりやすい魔力の波動を発するので、察知するだけなら容易なのです。戦車の能力は隠密性に長けている上、フリードランドに気づかれないよう細心の注意を払っていましたのでバレずに済みましたが」

「そういうことか……」


 結局のところ、彼らもズルに近い能力で劣勢を補っていたのだ。逆に言えば、アモイ王国は広域通信の能力を得てはおらず、隠密行動に都合がよいということになるのだが。


 いや、念には念を入れるべきだ。それは後で情報を持っているらしいリアに聞けばいいだけのことだろう。


 最後にメリアへ目を向ける。これこそ書状を出すまでもないくだらない質問だったが、個人的な興味で聞いておきたいことだった。


「確か、君はメリアと言ったそうじゃないか。もしかすると、アメリアという名前にも何か関係があるのか?」

「大いに関係がある。エリアガルドも同様」

「リアもなのか……?」


 矢沢は首を傾げたが、すぐに名前の秘密に気づいた。


 メリア、アメリア、エリアガルド。どれにも『リア』という言葉が入っている。しかも、そのうち2つはジンの名前と来ている。


 メリアは矢沢の反応で気づいたと理解したのか、話を飛ばして続けた。


「それらの内に入る『リア』という言葉は、セーランの真の名」

「真の名? セーランが名前ではないのか」

「神としての名がセーラン、人だった頃の名がリア」

「ふむ……天神様と同じようなものか」


 かつて世界に君臨し、12の神器を残したとされる神セーランの、人だった時の名前がリア。それに字を足したものが今使われている名前だというのか。


「アメリアという名は、人族の国家でも極めて古いアセシオンの守護を妾が任されたことに関係している。妾を崇めた者たちの何名かが、妾にあやかった名を子供に名付けた。その1つがアメリア」

「それも歴史か。よくわかった、ありがとう」

「いつでも気兼ねなく」


 メリアは事務的を通り越して機械的に言いつつ、ヤニングスの傍へ移動して首を地面につけた。


 矢沢は丁寧に2人へお辞儀すると、あおばに乗り込むために桟橋へ向かう。

 そこに、今度はヤニングスから声がかかる。


「言い忘れていましたが、シャルファラ大陸ではドラゴンの活動が活性化しています。アモイもその影響を受けているようですので、エルフ共以外にも注意を払ってください」

「承知した。忠告ありがとう」


 矢沢は改めて頭を下げると、今度こそあおばへと乗艦した。

 北方へと飛び去るドラゴンの背を上甲板から眺めていると、1つの戦いが終わったことへの安堵と、来るべき戦いへの不安が折り重なってくるのを感じていた。


 終わりはしたが、まだ終わってはいない。懸念すべきことは、まだ眼前に山ほど積み上がっているのだから。

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