379話 鱗の人

「そうか。それで、例のドレイクとやらの居場所はわかるか?」

『途中までスキャンイーグルで追跡していましたが、下水道に隠れられてしまったので、それっきり消息は掴めていません』

「わかった。こちらでも調べてみよう」


 矢沢は艦に戻った波照間との通信を終えると、ようやく一息つくことができた。


 昼間の会談は保留となったものの、決して無理な条件というわけではない。要は似た技能を持った者を育成すればいいだけの話だ。


 もちろん、時間はかかるので最良の案というわけでもないが、不可能な話というわけでもないだろう。技術指導を条件に、人質交換の交渉を続けていけば、いずれは合意に達することができるとも思える。


 一方で、気になっていることはまだある。波照間らの作戦地域に突如として出現した、ドレイクと呼ばれる竜人型種族の戦士。彼は味方をするかのように敵からの攻撃を阻止し、撤退を促したのだという。


 順当に考えるのなら、彼は味方だ。そうでなければ、自分の身をさらしてまで部隊を引き付けた意味がわからない。


 疲れた頭を無理に回転させ、そのドレイクの行動原理を考えてみる。名声目的というわけでもなく、だからと言って敵の偽旗作戦にしても状況が不自然だ。


 そうなれば、本当に仲間なのか。矢沢は彼女らが見たであろうドレイクの姿を想像し、行動から彼の思想や目的を洗い出そうとする。


 とはいえ、そんなことをしても無駄だとはわかっていた。あまりに情報が少なすぎる故に、彼の行動は予測ができない。


 手詰まりとなった矢沢は、ただ頭を抱え込むしかなかった。一体何が目的なのか、本当に味方なのか。次々に疑念がわき上がってくる。


 すると、矢沢の悪い方向に働き始めた頭の回転を止めるように、ミルが階下から駆け上がってくる。先ほどから何度も追い返したはずだが、またしても付きまといに来たと見える。


「ヤザワ様、ヤザワ様、早く来てにゃ! 早く!」

「またミルか。すまないが、1人にしてくれ」

「ヤザワ様にお客様が来てるにゃ! 早く降りてくるにゃ!」

「客? 私にか」

「そうにゃ! 早くって言ってるにゃ!」

「承知した。今行こう」


 どうやら、ミルには本当に別の用があったようだ。彼女が早口でまくし立てていたのも、テンションが高いからではなく、来客を呼ぶために早く来るよう促したかっただけらしい。


 だが、こんな時間に矢沢へ面会を求める者など誰がいるというのか。しかも、ここは本来ならば矢沢とは何の関係もない、パロムの家だというのに。


 矢沢が階段を下りていくと、リビングに見慣れない人影がリビングのソファに深く座り込んでいるのを見た。困惑する隊員たちや微笑を浮かべるパロムと共にテーブルを囲む形で着席しており、インテリアが一般家屋を模しているために、重苦しい空気が余計に異質な感覚を呼び起こさせる。


 頑丈そうな鱗で覆われた巨大な肉体。ドレッドヘアにトカゲのような顔。それに、武器らしき長い得物を白い布に包んだ状態で部屋の隅に置いている。


 間違いない、波照間らが証言していたドレイクの特徴とかなり一致している。


 そこで、矢沢は意を決して階段を降り切り、そのドレイクへと近づいていく。


「失礼します。私への来客というのは、あなたですかな」

「正確には、お主の部下に会いに来た、と言うべきであったが、それより都合が良いようだ」

「私の部下に?」


 ドレイクの男が発する落ち着いた野太い声に、矢沢はまたしても疑義を抱えることになる。


 部下というと、考えられるのは波照間らとの面会だ。あくまで彼があの場に乱入したというドレイクだというなら、という前提だが。


「狙いは承知しているが、シェイの屋敷を狙うは悪手であった。彼奴はウォンタオと名乗る凄腕の用心棒を雇っている上、傀儡兵を多数配置していた。情報収集の一環として行うべきは、彼奴の通商拠点を洗うべきであったな」

「その通商拠点を洗い出すにも、彼の屋敷に潜入する必要があった。佐藤たちが集めてきた情報では、他の奴隷商人複数を襲撃するより人目につかず、攻撃の意図も隠せると判断した上でのこと」

「奴隷解放のため事を急ぐ由は理解できるが、冷静になれ。我はそれを伝えに来た」


 ドレイクは目を細めると、腰を上げて矢沢に相対する。まるでロボットが立ち上がったかのような、重厚な所作だった。


「我はラルド、シュトラウスはエトランシェス族出身」

「海上自衛隊所属、矢沢圭一1等海佐だ」

「聞き及んでいる。灰色の船の艦長にして、アセシオンやアモイといった並み居る強国を屈服せしめた雄であると」

「実態とかけ離れているな」


 ラルドと名乗ったドレイクの男は、微細な鱗で覆われた右手を差し出してくる。握手を求めているのだとわかると、矢沢は躊躇うことなく手を握った。


 掌は鱗で覆われてはいなかったが、皮膚は人間のそれより分厚い。プラスチックにも似た感覚を感じたが、体温は人並みに高い。


 人間に比べて背が高く、まるで自分が子供に戻ったような気さえする。相手は味方だとわかってはいるものの、それでも人間を超える巨大な相手だということで、ある種のプレッシャーも感じる。


「しかし、無責任に言い放つだけでは意味がない。レンの情報もそれなりに集めている」

「心強い限りだ。全て提供して頂ければ、円滑に作戦を進められる」

「是非もない」


 ラルドは手を放すと、元の席に戻って一息ついた。座高も矢沢の直立姿勢並に高く、ソファでは手狭そうだ。


 どうやら、ツキはこちらに回っているらしい。矢沢もパロムの許可を得て着席すると、ラルドに目をやった。

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