146話 政治との線引き
その後、艦に来たライザとのやり取りを経て、大まかな皇帝の亡命阻止作戦が策定された。
近衛騎士団は20名の兵を率い、皇帝を直接または間接的に護衛しつつ、ラフィーネからベイナへと移動する。その間にパラメトル山北部の平原を通ることになっており、そこの直前で自衛隊が襲撃をかける、という流れだ。
波照間の情報とはやや違い、ヤニングスがいるかどうかは明言されなかった。ヤニングスが直接出向いて交渉をした以上、言わなくともヤニングスがいるというのはわかりきっていることだと向こうも踏んだのだろう。
自衛隊が襲撃をかけたのち、近衛騎士団との戦闘に入る。そこでは軽い威嚇射撃を何度か繰り返し、しかるべきタイミングで近衛騎士団が皇帝を引き連れてラフィーネへ退却、自衛隊は追撃せずに即時撤退する。
士官室で行われる幹部会議にて矢沢が作戦の概要を伝えていく。この場にはもちろんアメリアに加えてロッタとフロランス、リアもいるが、フランドル騎士団は直接的な戦闘を行わない。あくまで情報収集の支援としての参加となる。
「皇帝を直接叩ける絶好のチャンスということだったが、やはり自衛官の命は無為に失わせてはいけない。ここは彼らの言う通り、皇帝の亡命阻止を支援することとなる」
「この話自体が罠という可能性もありますが、仮に本当だった場合は安牌ですね」
「いや、情報自体は複数のソースで確認済みだ。ヤニングス行きつけの料亭に加え、フランドル騎士団の情報収集とラフィーネの動きからも裏付けられている」
今も信じ切れていない慎重派の徳山に、矢沢は複数の報告書を出した。徳山がそれを読む中、矢沢は続ける。
「本来、政権転覆のチャンスは逃すべきではないが、この事例はそれを行うにはいささか攻撃的過ぎる手段に訴えることになる。敵方の反応を見るための強行偵察的な作戦ではあったが、多くの邦人を安全に帰還させられる手段を提示されたことで、そうする必要は無くなった。敵の罠に注意しつつ、今作戦を展開する」
「これに成功すれば、まとまった数の邦人が戻ってくるんですね……!」
いつになく長嶺は嬉しそうだ。実質戦うことなく邦人を取り戻せるとなれば、これほどありがたいことはない。
「しかし、問題はまだ山積している。残りの邦人とダリア領をいかに奪還するかは、今後の交渉次第だろう。周辺国もまた奴隷を使役しているという点についてはアセシオンも同じ、現段階での協力は考えていない。しかし、自衛隊としてアセシオンの邦人を全て奪還できれば、その後はアセシオンの敵対国と協力し、ダリア領を奪還するための政治交渉に持ち込める」
「つまり、焦りは禁物っていうことかしら?」
「そうなる。イデオロギーが違う者を味方に引き入れるなら、こちらがイデオロギーの変更を行うことが効果的だ。そして、それは邦人を奪還すれば達成できる」
フロランスが不満げに言うが、矢沢はそれを押しとどめる。しかし、その一方でまた別の場所、鈴音から反論の声が上がってしまう。
「この世界の人々は見捨てろって言うんですか、艦長!」
「元来、この世界に日本は関係ない。全く異なる世界の常識を振りかざして正義のヒーロー面をするのは好ましくないことだ。それこそ、地球が宇宙人に貨幣制度は悪だと断罪されて、それを武力で捻じ曲げられれば、世界はどうなる?」
「それとこれとは話が違います! オレたちの目の前に困っている人たちがいたんですよ! 奴隷にされて、したくもない仕事を何十時間も強制されて、挙句の果てには物として使い潰されるような人々が、この世界に大勢いるってわかってるんだ!」
「ぼくもそれは憂慮すべきことだと思ってるよ。これは、ぼくたちジンの総意でもあるんだ」
鈴音は必死に矢沢へ訴えかける。ユーディスやハイノール島にいた奴隷たちには過酷な運命が待ち受けている。それこそ、シュルツの元にいた藤村朱美のように、性的搾取を受けている者たちも普通にいるのだ。
そして、それはリアを始めとした、神のしもべたるジンの共通認識でもあるという。
だが、矢沢は頑なに首を横に振った。
「航海長、君は勘違いをしている。我々は自衛隊であって、決して政治家でもNGO団体でも、ましてや子供が憧れる正義のヒーローでもない。日本国民を守るための実力組織、自衛隊だ。政治はそれを行うべき者たちが遂行するべきだと私は考えている。邦人奪還も、元来は日本政府が行うべき案件であることを忘れるな。ウィンジャー君、申し訳ないが、この世界での奴隷制の撤廃には加担できない。それはこの世界の問題、我々にとって出過ぎたマネだとわかっているからだ」
「艦長……いえ、失礼しました」
「はい、わかりました」
鈴音は何か言いたげに眉をひそめていたが、リアはむしろ笑顔で矢沢に返事した。もしや、我々を試していたのだろうか。
「では、質問や意見等がなければこれで終了する」
矢沢は参加者の発言を5秒ほど待ったが、誰も声を上げることはなかったので起立した。
「では、これにて幹部会議を終了する。解散」
参加者たちが一斉に起立し、矢沢に一礼して士官室を去っていく。
これでよかったのだ。矢沢はため息をつきながらも、士官室に用意されたサーバーからコーヒーを淹れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます