191話 揺らぎが見せる世界
矢沢が天幕の外で水筒の水を空にしたところで、突如として波照間と愛崎、そして銀が息を切らしながら現れた。天幕から漏れる光を反射し、彼女らの汗が光って見える。
「はぁ、はぁ……っ、艦長さん、ここにロッタちゃんが来ませんでしたか!?」
「波照間くん、なぜここに? ロッタを探していたのではないのか?」
ロッタを探せと命令していたはずだが、波照間は何故かここにいる。ロッタを探していたとのことだったが、矢沢は全く姿を見ていない。
波照間は続ける。
「ロッタちゃんに話を通したのはいいんですけど、どこにもいないんです。ここに戻っていると思ったんですけど……」
「話を通したのにいないというのか? どういうことだ」
「あれ……? よくよく考えれば、変な話ですね」
「だから言ったのよ、変なことが起きてるって。それを無視したのはあんたじゃない」
波照間は口元を指で覆うと、矢沢からそっと目を逸らした。そこに銀がため息をつきながら波照間をなじる。
すると、矢沢の背後から天幕が擦れる音がした。誰かが出てきたのかと矢沢はそちらに向き直ると、リアが神妙な顔つきで矢沢を見つめていた。
「艦長さん、今しがた時空の揺らぎが発生したのを感知しました。一時的に時間がループしています」
「ループ? どういうことだ」
「正確に言えば、あなたたちがこの世界に来た時点から1年後までの1年半が繰り返されています。今それを観測できたということは、象限儀が不正な使われ方をして、能力が暴発したと考えるべきです」
「時間のループだと? なぜそのようなことが」
「神が残した秘宝の1つ、象限儀の力です。象限儀は正しく使えば特定の時間や空間を接続する能力を持ちますが、能力が暴発すると局所的な時間のループや大型ブラックホールの発生を引き起こします。今は12回のタイムループが起こっていました」
「何と……」
矢沢らは言葉を失った。時空の象限儀はリスクなく自由自在に別世界を行き来できるものだと思っていたが、使用するリスクがあるという代物だったのだ。矢沢は唾を飲み込んだ。
「では、今がその12回目だと?」
「違います。ループというのは、あくまで時間の流れは正常なままです。しかし、その結果を一定の範囲に絞って計算し仮想的に実演することで解を求める行動です。象限儀はその行動を12回行い、今はその『10回目と4回目』のループに当たる事象にあります」
「重ね合わされているというのか? 12回ループしたのだろう」
リアの言う通りであれば、象限儀というのは一種の計算機の役割を果たすもののようだ。そこに実際に時間と空間を捻じ曲げる能力があるのなら、未来予知ではなく本当にあった出来事として現出させることができることも意味している。
ただ、それで違う結果が同時に出てくるというのはおかしな話だ。
「先に述べた通り、あくまで仮想的な計算に過ぎません。しかも、それは紙上で筆を走らせるのとはわけが違い、実際に起こり得た事象を再現してしまいます。なので、計算は常にリアルタイム。その中で実際に進行中である10回目と、実体化した4回目のループが重ね合わせの状態となり、ロッタやハテルマさんたち、そしてぼくの行動と持っている情報に矛盾が生じているんです」
「つまり、本当に起こらなかった方の出来事まで起こって、それの影響を受けているのか」
「その解釈でいいと思います」
リアは軽く首を縦に振った。特に認識の相違はないらしく、彼の表情は硬いながらも不満を抱えている様子ではない。
「うーん、こりゃわからん」
「とにかく……アタシたちの想像ではありえないことが起こってるのよね」
何が何だか理解できていないらしい愛崎と銀は首を傾げるばかりだったが、矢沢は気にせず続ける。
「では、象限儀が使われたことがわかったのなら、それを探し出すこともできるのではないか?」
「その可能性も否めません。ぼくはこの後で象限儀を探しに行きます。4回目のループでぼくは象限儀を手に入れて、実際に12回のループ結果を全て知っているので、すぐに探し出せると思います」
「では、そちらは任せた。日本と連絡がつけば、もう不要な争いなどしなくて済む」
「……わかりました」
リアは頷くと、そのまま天幕を離れてその場を去ろうとする。
象限儀を探すアテは既についている。とすれば、日本への帰還も時間の問題だ。
しかし、既に未来が判明しているのであれば、その結果は聞いておきたい。仮に悪い未来が起こっていた場合、それを望む結果に捻じ曲げることもできるはずだからだ。
「リア、少し待て。できるならば未来にどうなるかを教えてほしい。起こることがわかれば、これ以上の犠牲をなくせるかもしれない」
「はい、わかりました」
リアは矢沢の目をじっと見つめると、静かに語り始める。
「10回目、つまり現状に最も近いループでは、4ヶ月後に自衛隊とダリア王国を中心とした人族の連合軍と、アモイ王国や人魚たちの連合軍の全面戦争が勃発します。この戦いでは客船が爆沈。残った護衛艦あおばは戦争から辛うじて逃げ延びますが、そこをダイモンに襲撃されて撃沈されます。結果的に、ループ終了時には転移した地球人全てが死亡しています」
「な……!」
「ちょっと、あまりにも荒唐無稽すぎるんじゃない?」
矢沢と愛崎、銀は絶句していたが、波照間は厳しい顔をしながらも信じてはいないようだった。
しかし、リアはおおよそ可愛らしい顔立ちには似合わない低い声色で、冷たく語り続ける。
「そうとも言えないよ。君たちはどのみちアモイ王国、つまりエルフたちの牙城へ客船の乗員乗客を助けに行くんでしょ? アモイのエルフはアセシオンより奴隷制度への執着が強いんだ。宗教上の解放用奴隷はともかく、必須級の奴隷まで解放しろと言われたら絶対に拒否するからね。逆に所属する国家が存在しないとわかれば、奴隷にするために捕まえに来るよ」
「ふーん、どこまでも野蛮な連中ね」
銀もさすがに落ち着いてきたのか、腕を組みながらリアの話に耳を傾けていた。暗くて見えづらいが、矢沢には彼女の目がリアを蔑んでいるような気がした。リア自身は気づいていない様子だが。
「4回目では、数日前にぼくが象限儀を発見しました。場所はダイモンたちの国、ユトラスト公国の神殿です。自衛隊は既にアセシオンとの講和を達成していたので日本に帰還してもらい、日本は拉致問題解決のため他国との交渉を開始しましたが、それ以外の地球側先進国たちがこぞってこちらの世界に干渉した結果、ぼくたちジンのリーダーがクレムリンを襲撃したことで2つの世界が全面戦争を開始します。その混乱で互いに同じ世界同士でも大規模な戦争が起こり、今から1年後には無差別に近い核攻撃やこちらの世界の大攻勢で30億人もの人命がこの世から失われました」
「なっ……政治を理解しないバカが投げたツイッターの書き込みみたいじゃない! それに、どうしてそんなに結果がぶれるの?」
「象限儀の暴発と言っても、一定以上の高い確率で起こり得る事象がはじき出されます。4回目ループの矢沢さんから聞きましたけど、こういう小さな揺らぎで結果が大きく変わることを地球ではバタフライ効果と呼ぶそうですね」
リアは一切表情を変えず、ただ淡々と説明を行う。
本当にありえたことなのかと矢沢は茫然としてしまい、息を正すしかなかった。
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