252話 混戦極まる市街戦
「マウア、お願い! この人を逃がしたいの!」
「何言ってるの! そいつはスパイなのよ! それとも、本気でそいつの味方をする気!?」
ラナーは声高に叫ぶが、マウアと呼ばれた女兵士は激しい怒りを湛えた目を向けるばかりだった。
「あたしはネモさんと約束したんだから! 奴隷にされて、ううん、この国で苦しんでる人たちを助けたいって!」
「ダメに決まってるじゃないの! 奴隷がいないと、この国は成り立たないのよ!」
「奴隷に頼らないようにすればいいじゃん!」
「それって一度アモイを滅ぼす気!? 一気に人を減らして、この国を維持できると思ってるわけ?」
「なんでそうなるの? みんな幸せになれる方法を考えればいいのに!」
ラナーとマウアの口論は留まることを知らなかった。相手への反論を口にすれば、また同じように反論が返ってくる。
地球でも散々見てきた光景だ。エルフという地球人とは全く異なる人々だが、結局のところ思考回路は同じ。誰かを蔑みたいと考えるのも、誰かを助けたいと考えるのも、人の業なのだから。
矢沢はラナーの前に進み出ると、マウアに対し静かに語りかける。
「私は連れ去られた仲間たちを救うためにこの国へとやって来た。不当に連れ去られ、絶望の中で死んでいく仲間を見殺しになどできない。君たちにしてみれば順当に購入しただけだろうが、それでも私たちにとってみれば不当に拉致された被害者だ。話し合いくらいは認めてほしい」
「話をするですって? 自分に有利な工作をしておいて、よくもそんな口が利けるわね」
「互いを知らなければ、自ずと敵と味方の二元論に帰結してしまう。それでは話し合いにならない。まずは私たちのことを知ってもらおうとした結果だ」
「それでラナーをたぶらかしたわけ? 悪質にも程があるわ!」
マウアは矢沢が口を開くごとに怒りを強め、口調も荒くなっていた。矢沢がラナーをたぶらかしたという思考で一杯になっているのか、少なくとも話し合いにはならない印象だった。
彼女がラナーの知り合いだったことは確定的、ここで射殺してしまえばラナー自身も傷つけてしまいかねない。
「すまない、ラナー。説得は君に任せていいか」
「うん、早く行って」
ラナーは力強く頷くと、改めてマウアに相対。すると、大神官との戦いでも使っていた杖を召喚した。
どうやら、あのマウアという女性と本気で相対する覚悟ができたらしい。
「早く行って!」
「ああ。すまない」
矢沢は軽く頷くと、マウアを突き飛ばして路地の向こうへと駆け抜けていった。マウアは妨害しようとするが、ラナーが杖でそれを阻止する。
「ダメ、行かせない」
「ラナー……」
マウアは悲しげに目を伏せたが、すぐに鋭い目線を投げかける。
「ごめんなさい、気づいてあげられなくて。今からでも遅くないから、本当のラナーを取り戻してあげる」
「本当のあたしなんて何も知らないくせに! あたしが奴隷制を嫌がってるの前から知ってた!?」
「ラナーはそんな子じゃなかったわ!」
「もう、わからず屋!」
ラナーは獣が吠えるようにマウアへ叫んだ。互いに相容れないとわかった2人が衝突するのは、もはや必然のことだった。
*
矢沢が北部の大通りから東に向かう中、SH-60Kがローターとエンジンの爆音を轟かせながら街に侵入した。あっという間に矢沢の頭上を飛び越えると、旋回して矢沢の直掩に回る。
『艦長、敵勢力は中心部を包囲するように展開中。スキャンイーグルと我々で陽動と火力支援を行います』
「頼んだ。それと、市民と敵の識別は絶対に怠るな」
『了解』
ヘリは通信を終えると、対空射撃を回避するためやや上昇。そして矢沢の進路へ機関銃弾の射撃を開始する。遠くに見えていた敵部隊が蜘蛛の子を散らすように逃げていき、その間を矢沢が通り抜ける。
最初こそヘリに驚いていたエルフの部隊だったが、統制を取り戻すとヘリに向けて光弾を連射する。街はさながら第二次世界大戦時の都市空襲のような様相を示していて、矢沢は胸が締め付けられるような思いを感じていた。
東に走ること数分、街には死体が目立ち始めていた。いずれも機関銃弾が命中して出血しており、ヘリの攻撃で命を落としたのだとわかる。
もはや本格的な戦闘は避けられなくなっていた。大神官が言っていたよりずっと早く、あおばとアモイは対立することになってしまったのだ。
こうなれば、もう覚悟を決めるしかないのか。
結局、ラナーの家の荷物は処分できなかった。そもそもジャマルが家の前にいた時点でその可能性は潰えたも同然だったが、おそらくはラナーがやってくれていると信じたかった。あの中には通信機やカメラも入っているのだから。
「いたぞ、敵だ!」
足を動かしながら考え事をしていると、ふいに敵の怒声が耳朶を打った。何事かと思い前を見ると、敵の兵士5名が行く手を塞いでいる。
もう迷うことはなかった。矢沢は建物の陰に隠れつつ、こちらに迫ってくる敵に9mmけん銃を発砲。敵兵の1人が倒れると、兵士たちは身をかがめて防御魔法陣を展開する。
その間、矢沢は9mmけん銃をリロード。敵の様子を伺いつつ、発砲する機会を待った。
すると、敵は1人が防御魔法陣を展開している間に別の1人が巨大な火球を作り出し、魔法陣を解除すると同時に矢沢へ投射。小型の太陽のように膨れ上がったそれは、一直線に矢沢の姿を捉えていた。
「くそ……!」
矢沢は右手側に側転し着弾地点から離れるも、火球の大きさに違わず凄まじい爆発を受けてどこかへと吹き飛ばされる。
「うあぁっ!? くっ、いつつ……」
矢沢は気絶こそ免れはしたものの、爆風と吹き飛ばされた衝撃で混乱していた。目の前の地面がどれほど近くにあるのかさえわからず、ただ荒い息をつくことに終始する。
だが、それでも敵は矢沢を狙っている。頭を強く振って意識をはっきりさせつつ、敵の現在位置を確認する。
思った通り、敵は矢沢へ向かっていた。それぞれ剣を携え、警戒しつつも捕まえようと向かってくる。距離はほんの数メートル、拳銃を撃てば確実にヒットする距離だ。
矢沢は素早く体を起こし、発煙筒を投げつける。本来は自らの位置を教えるための装備だが、それがどんなものかわからない敵相手には抑止効果が成り立つと考えた結果だ。
「何だ!? 止まれ!」
すると、やはり敵は煙を発するそれを警戒して動きを止める。その隙に矢沢は射撃姿勢を取り、9mmけん銃をマガジンの弾が尽きるまで連射。一気に4人の胸部を撃ち抜いて殺害した。
完全に戦場だ。矢沢は9mmけん銃のマガジンを交換しつつ、悔しさに涙をにじませた。
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