209話 身近だった者
とても久々の、この世界の船に乗っての遠出。
もちろん自衛隊の手は加えられていて、機械音がごうごうと遠くで鳴り響いてはいるものの、雰囲気は確かにこの世界の船そのもの。
懐かしいはずなのに、今はそんな感傷に浸っていられるような気分ではなかった。
アメリアは割り当てられた狭い居室のハンモックに横たわりながら、上でぐっすりと眠っている波照間の背中を眺めていた。
「はぁ……」
ふいに出たため息が、空しく居室にこだました。ほんのかすかに聞こえる呼吸音と機械音以外の音は、あまりに浮きすぎる。
何もすることがない。真夜中にも関わらず、情報センターはずっと稼働中。船の運用を行う騎士団の団員は最低限の人員を除いて眠りにつき、同じく暇を持て余している波照間やまーくんも就寝中だった。
魔法の訓練でもしようかと考えてはいたが、昨日はそうやって情報センターのさーばー? というのを流れ弾で吹き飛ばして修復するハメになり、魔法の訓練も禁止された。
だからと言って寝付くこともできず、ただハンモックに寝転がっているだけ。暇というより、虚無の中にいるような気分さえ湧きあがってくる。
「……やっぱり、外の空気でも吸いたいな」
誰も聞いていないのをいいことに、アメリアはぼそっと独り言を呟きつつ、ハンモックから降りて部屋を出た。
甲板に出ると、夜闇を照らす満天の星空が目に入る。オルエ村では樹木の高さで制限される視界も、海では完全にクリアだった。
空の半分以上を覆う渦巻状の巨大な星雲に覆いかぶさるように、青い光を放つ惑星オースがハッキリと鮮明に見えている。青い海は雲に包まれ、大陸の形もうっすらと確認できる。
ジンの伝説によると、今いるこの惑星とオースは互いに影響し合いながらお日様の周りを巡る連星らしい。そして、オースにも人族や様々な種族がいて、各々の生活を営んでいる。
異世界には地球という惑星もあり、大勢の人族や生き物が暮らしている。宇宙は広く、そして美しい。
それなのに、この星では醜い争いが行われている。ひたすら他国を攻撃しつつ、その裏では人の取引が行われている。
これが悲しくならないでいられるわけがない。ひどい目に遭う奴隷たちが大勢いる中で、のうのうと贅沢の限りを尽くしている人間たちがいるのが特に。
結局、あのおじさんだって──
「おや、お嬢様。お散歩ですか」
「あ……」
星空を眺めていると、ライザが背後から声をかけてくる。星明りに照らされる彼女は、葉巻を持って穏やかな笑顔を浮かべていた。
アセシオンとの戦争は終わり、自衛隊と和解を成し遂げた後も、未だにライザとは和解出来ていなかった。今更どんな顔をしていいかわからず、とにかく顔を伏せてその場から逃げる。
「お待ちください。逃げることもないと思います」
「……っ」
それでも、彼女の言葉は聞きたくなかった。何のためにアセシオンに与して戦っていたのか、なぜ今更自衛隊の仲間になったのか。全くもってライザの思考は理解できなかったし、したくもなかった。
居室ブロックに繋がるドアに手をかけると、逆の手をライザに掴まれた。ある種の恐怖に似た薄ら寒さを覚え、腕を振りほどこうとする。
「やめて、もう放してください!」
「いいえ、放したくありません。お嬢様とお話をするまでは」
どれだけ引っ張ってもライザは放してくれない。覚醒を経た後も、ライザには勝てないのか。
アメリアは観念し、体に込めた力をすっと抜いた。ライザも悟ったのか、アメリアの手をそっと放す。
「ようやく話を聞いてくれますか」
「……勝手にしてください」
アメリアは怒りを込めつつも控えめな声で言う。力一杯に怒鳴りつけようとしても、それを安易にぶつけようとするほど子供ではないという自覚がそうさせた。
ライザはそんなアメリアの気も知らず、とうとうと言葉を紡ぐ。
「お嬢様が行方不明になった後、僕はエルフ共との戦争で両親と姉、そして彼氏を失いました。アセシオンに与することにしたのはヤニングスに拾われたこともありましたが、それよりも旦那様を連れ去ったエルフ共に仕返しをしたいと思ってのことです。旦那様を連れ去った奴らこそが、フォレスタル家の崩壊に繋がったのですから」
「でも、お母さんはアセシオンに、あの皇帝に殺されたんですよ!」
アメリアはドアの方を向いたまま、すらすらと言葉を連ねるライザに怒りをぶつける。
どうしてアセシオンなのか。自衛隊ではダメだったのか。疑問は怒りと共に湧き上がる。
「それはわかっています。ですが、国に復讐するのはエルフ共を潰してからでも遅くはありません。僕は堅実に奴らを追い詰めることにしたんです」
「だからって……!」
アメリアは濱本のことを思い出していた。
何度か行動を共にした濱本は、自分の目の前で殺害された。その時に抱きかかえた濱本の体の重さと、遺体を火葬した後の骨壺の重さの差が、あまりにも違っていたのを今でもありありと思い出せる。
かつて自分を育ててくれた者の1人であるライザが、そのアセシオンと行動を共にしていた。それがどうしても許せなかったのだ。
「じゃあ、なんで今更、ヤザワさんについて来るって……」
「あの男がいたからです」
「……っ」
アメリアはまたもや押し黙る。なぜ彼なのか? それも全く理解できない。
「なぜ、彼なんですか」
「あなたと再会した時、あなたはとても弱く見えました。ただ吠えているだけの野良犬です。しかし、ヤニングスを倒したと聞いた時、そして再びサウスヤンクトンの港であなたを見た時、気づいたのです。お嬢様はあの短期間で急激に成長したのだと。そのきっかけを与えてくれたのは、ダリアを救い、彼らの仲間を救った、あのヤザワという男です。あなたの泣き虫は僕がどうやっても治りませんでしたね。しかし、あの時のお嬢様に何かきっかけを与え、そして大きく成長させたヤザワという男に、僕は惹かれたのかもしれません」
ふふ、と彼女に似合わず妖艶な笑みを浮かべるライザ。
そこで、何故か胸の奥がじんと痛くなるのを感じた。
ライザがヤザワさんに恋を?
いや、あり得ない。そう考えつつ、アメリアは聞き返す。
「ヤザワさんに恋心を抱いたんですか……?」
「恋愛感情ではありません。年寄りは守備範囲外ですので。僕が惹かれたのは、人間としての彼です」
「人間として……?」
「ええ、そうです。恋ではなく尊敬です」
尊敬。ライザは確かにそう言った。
すると、アメリアの胸の痛みもすっと取れるような気分になる。
「そ、そうですか。はは……」
「それより、大丈夫ですか? これから赴くのはエルフの牙城、アモイ王国です」
「わかってます。でも、私はもう大丈夫ですから。復讐なんて考えは捨てました。それよりも、ヤザワさんを守りたい、ヤザワさんの仲間でいたい。そう思うんです。そのために私は力をつけて、エルフと戦いたいと思っています」
「……やはり、あの男はすごい人ですね」
ライザは必死になるアメリアを見てクスクスと笑っていた、
結局、ライザの考えはよくわからない。尊敬しているというだけでコロコロと寝返れるものなのか。アメリアには全く理解できない。
船は進む。アモイ王国はすぐそこ、もう2日のところにまで迫っていた。アメリアはその間も、エルフよりライザやヤザワさんのことが頭から離れなかった。
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