208話 諜報艦

「制海艦、か……」

「元はダリア艦だが、アセシオンに接収されていたものだ。艦齢は8年とまだ働き盛り、お前たちへのプレゼントにはうってつけだと思うが」


 矢沢とロッタは、ダリアの港から回航され、徹底的に改造を施された2隻の軍艦を視察していた。1隻は木造で30m程度と比較的大型で、帆船より喫水が低く、進路変更に使われる操舵帆以外の帆が無いのが特徴の、地球では到底考えられない形態の船だった。ロッタらはこれを『制海艦』と呼んでいるようだ。


 もう1隻は通常の帆船で、全長は25m程度の中型船。地球ではキャラックと呼ばれるタイプに酷似している。


「ああ、これで十分だ。素晴らしい仕上がりになっている」

「それはよかった。こっちは安全保障上の関係で鎧の能力を継ぐ者を量産するわけにもいかなくてな、船員不足も祟って返還されたダリアの船は全て維持するのが難しい」

「それは了承している。戦闘目的ではないから船員も最小限で済むだろう」

「ところで、この2隻を何に使うつもりだ?」

「アモイでの諜報活動を支援する諜報艦として使う。制海艦が作戦指揮センター兼ヘリ運用艦、帆船は通信ノード兼偵察艦だ」

「ふむ……よくわからん」


 ロッタは渋い顔をして首をかしげる。地球の技術故に説明なしで理解できるはずもないのだが。矢沢はそこをかいつまんで説明する。


「要するに、制海艦はあおばのCICから戦闘機能をオミットし、情報の集積と分析を行いつつ陸地の人員に情報提供を行うためのアセット、帆船は通信の補助に加え、無人機を飛ばして陸地へ直接偵察を行う艦、というわけだ」

「つまり、この2隻でアオバの能力を代行する、というわけだな」

「そう考えてもらって構わない」


 矢沢は笑みを浮かべて頷いた。ロッタは理解が早くて助かる。


 既に通信機材や物資は搭載を完了していて、制海艦には個人用や業務用のノートPCを移植、動力はあおばの機関を鎧の能力で複製したディーゼル発電機と電動機を搭載して速力20ノットを発揮できる。


 この2隻と乗員120名、そして諜報活動を行う14名のエージェントと支援要員をアモイ王国へ派遣する。人員は足りていないが、それでも重要な戦力であることに変わりはない。


 矢沢は改めてロッタに向き直ると、軽く一礼する。


「この船を貸してくれたことには強く感謝している。それと人員を割いてくれたのも助かっている」

「邦人村の防衛はお前たちが担うのだろう。こちらとしても人員の削減ができてよかったと思っている。元より、お前たちには救国の大恩があるからな、この程度ならお安い御用だ」


 ロッタは不敵な笑みを見せ、矢沢の腕を軽く叩いた。


 フロランスが合理的な判断に基づいて動く戦略家だとすれば、ロッタは直感と義理で動く義士だ。そして、彼女らには国を取り返す手伝いをしたことで、既に大きな恩がある。


 今後の政治と軍事の実権は、その義士であるロッタが握ることになる。それに彼女の周辺には我々自衛隊に感謝をする人々も極めて多い。邦人村があるダリア、ひいてはスタンディア大陸に何かあったとしても、ロッタはフロランスのように利益中心主義を取らず邦人村を見捨てはしないだろう。


 戦力としてあおばを置いておけば、それも盤石になる。安心してアモイへの遠征が叶うというわけだ。


「では、よろしく頼む。我々はもう行かねばならない」

「アモイのエルフ共はダリアだけでなく、スタンディア大陸の国々にとっても目の上の瘤だ。お前たちの作戦が成功してアモイを無害化できれば、この大陸の国々もお前たちを好意的に見るだろう。期待しているぞ」

「ああ、期待には応えるつもりだ」


 矢沢は頷き、ロッタの無言の見送りを受けながら制海艦へと歩いていく。


 作戦は既に開始されている。邦人たちを無傷で救い出し、あおばにとって最悪の事態を回避するための作戦が。


  *


「出港準備!」


 乗組員であるフランドル騎士団の船乗りたちが一斉に声を張り上げる。制海艦『ベル・ドワール』の旗竿に出港用意の旗が掲げられると、帆船『リウカ』の旗竿にも同じ旗が翻る。


 ベル・ドワールの電動機が唸りを上げて推進軸を回転させ、リウカのマストに帆が張られる。邦人村の小規模港から出航した2隻の帆船は、あおば甲板に並ぶ隊員たちからの帽振れと、邦人村の邦人たちからのエールを浴びながら外洋へと進んでいく。


 外洋へと出たところで、矢沢はベル・ドワールに乗艦しているエージェントたちを集める。もちろん艦内には無線の通信機を配置していて、呼び出せばすぐに人員を集められるようになっていた。


 エージェントは矢沢を含めて4名。残りは波照間と銀、ライザだった。3人はすぐさまヘリを駐機させている甲板へと集合し、矢沢と顔合わせを行う。


 波照間は普段通り任務前の神妙な面持ちで矢沢を見つめ、銀は複雑な表情でライザをちらちらと横目で見やり、ライザは何を考えているかわからない仏頂面を貫いていた。

 矢沢と波照間は特殊部隊という隠密任務と諜報に長けた人材であり、ライザも情報機関所属の経歴がある。銀は未経験者ではあるが、性格には問題がなく、いざという際の生存率は純粋な人間より高いとの判断で採用している。


「来たな、3人とも。我々はアモイで諜報活動を行うが、改めて今作戦の目的を説明しておきたい」

「わかってるわよ。あんたたちの仲間を助けつつ、エリアガルドが言ってた戦争ってのを回避するんでしょ?」

「……銀の認識で概ね間違いない」


 矢沢は大事なことを言われたことでややショックを受けていたが、顔には出さず説明を続ける。


「アモイには推計で1000名の邦人がいると推定されている。アクアマリン・プリンセスに乗っていた乗員乗客のうち3分の1だ。もしかするとアモイを経由して他の奴隷市場へと流されている可能性は捨てきれないが、その調査も後々行うことになる」

「艦長、それでは基本的に非武装で作戦に当たる、という認識でよろしいのでしょうか」

「いや、武器の類は所持を許可するが、拳銃に限ることになる。ナイフは禁止だ」


 波照間の質問に、矢沢は首を横に振って応える。

 通常であれば職質や身体検査をかわすために武器は持たないが、今回は状況がやや特殊であるが故に、矢沢は銃器を持ってもいいと考えていた。


「ナイフなどの刃物はこちらの世界でも存在が知られている。しかし、拳銃は大道芸の道具や工芸品と思い込ませることもできるだろう。危険な場所に出向く際は持ち込んでもいい」

「了解。なるべく使うことがないように、とは願っておきます」


 波照間はやや冗談めいた口調で言うが、目が笑っていない。波照間ならば危険な状況下でも拳銃を持ち込むことはないだろう。

 ライザは何も口にはしなかった。何も言わずとも、何をすればいいか理解している目だ。

 彼女に何か聞くのは野暮だと考えた矢沢は、ここで顔合わせを終えてお開きにする。


「では、これで終了だ。各員、最大限の努力を以て任務を遂行してほしい」

「了解」

「ええ、わかったわ」

「承知しています」


 3人はそれぞれ息が合っていない返答をよこす。


 船は陸が見えないほどの遠洋に出ていた。これから待つのは、またしても未知の領域。その中を船は行くのだ。

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