134話 死にゆく者、生き残る者

 先の戦闘から28時間後、あおばはいつもの場所であるオルエ村の沖合に投錨していた。

 ここに戻ってきた目的は、先の戦闘で死亡した濱本を火葬するためだった。船上で行うわけにはいかず、かと言ってずっと船に保存しておくこともできなかったからだ。


 アクアマリン・プリンセスのテンダーボートで陸上まで運ばれた濱本の遺体は、同じく客船の設備だった棺に入れられ、森で伐採した木材で作られた簡易的な祭壇の上に置かれていた。


「これでいいのね?」

「ああ、十分だ」


 矢沢は火葬の準備を終えたフロランスに短く言うと、じっと棺を見つめていた。

 以前にもユーディスへの道中やハイノール島で死亡した邦人たち、フランドル騎士団員の葬儀を行っていたが、自分の部下をこうやって送り出すのは初めてだった。

 自分がとった行動の数々が不幸な方向に重なり合い、このような事態を招いてしまった。


 あおばにとっての敗北は、邦人が死亡することそのものだ。誰一人見捨てず生きて日本に帰ることが最終目標だったはずが、既に複数の死者を出してしまっている。


 矢沢は思わず歯を食いしばり、拳を握って震えた。


「かんちょー……」


 佳代子も涙を目じりに溜め、しきりにしゃくり上げていた。他の葬儀に参加した隊員たちも泣いていたり思いつめた表情をしている。

 その中でも、特にひどく落ち込んでいたのがアメリアだった。彼女はとめどなく涙を溢れさせ、何度も矢沢に頭を下げていた。


「すみません、本当にすみません。私がふがいないばかりに……」

「君の責任ではない。戦闘には常に不確定要素が付きまとう。彼の死で一番の責任を被るべきは私だ」

「ですけど、あの時は私が……」

「過ぎたことはもう戻せない」


 自分を責め続けるアメリアに、矢沢はピシャリと言い放った。

 過去には戻れない。溢れた水が再び盃に戻ることはない。矢沢は後ろばかり見続けるアメリアに対し、これ以上過去を追いかけてほしくはないのだ。


「その通りだ。葬儀とは死者を偲ぶと同時に、我ら生者が前へ進むための区切りをつけるための儀式なのだぞ。決して誰かに詫びを入れる時ではない」

「……はい、すみません」


 珍しく露出度が極めて低い深紫の装束をまとったロッタが、アメリアを強く叱責した。叱られた当の本人は謝罪の言葉を口にしてから黙りこくった。


 濱本の遺体へと焼香を手向けた数名の隊員たちは、思い思いに最期の言葉を彼に投げかけた。


「お前、防大に落ちたんだってな。へへ、世話ねえぜ。昇進したら新人幹部のケツを叩けるって息巻いてたのによ……」

「ごめん、僕がいなかったばかりに……」


 大宮と佐藤は口々にそう言いながら抹香を摘まむ。佐藤は妙に量が多かったが、この場で気にする無粋な者は誰もいない。

 続いて、アセシオンでは珍しく無宗派らしいアメリアも焼香を手向ける。矢沢から教えられた通りに抹香を摘まみ、そのまま鉢に置かれた炭にかけて手を合わせた。


「ごめんなさい、ハマモトさん。今度こそ、仲間を守れるように……っ」


 泣きはらした頬に、再び一筋の涙が伝う。


 後悔してもしょうがないことはわかっている。それでも、彼を死なせたのは自分の責任なのだ。

 ロッタの言う通り、葬儀は死者を弔う儀式。許しを得る場所ではない。


 ただ、区切りをつけるという意味では、ここで二度と仲間を失わない決意をしてもいいはずだ。アメリアは物言わぬ棺にじっと目を合わせ、彼にお別れをした。


「それじゃ、いいわね?」

「ああ」


 フロランスが問いかけると、矢沢は小さく頷く。

 それを確認するなり、フロランスとロッタが棺を挟んで向かい合い、手を棺へと突き出して魔法防壁を解放していく。


「「旧き伝統に則り、死せる魂を送りの神へと預ける。名誉と仲間を重んじ、勇敢に戦った我らが友を、永遠の安らぎへと導かんことを」」


 2人の祈りが済むと、棺から青い炎が上がった。それは時を置かずに全体を包み込み、黒い煙を空へと立ち上らせていく。


 大宮は思いつめた顔をしながら天を見上げ、佐藤は俯き、矢沢はただ目を閉じていた。

 アメリアは涙を流しながら棺をじっと見つめ、佳代子は遂に限界を超えてその場に崩れ落ちてしまった。


  *


 濱本の遺骨は他の邦人やフランドル騎士団と違って艦内に保管することとされた。日本に帰るまで共に戦う、という決意の表れらしい。

 アメリアはあおばへ戻ると、彼の遺品を整理するために普段は立ち入らない男性用の兵員室フロアに来ていた。さほど他の甲板との違いはないが、やはり男性ばかりが行き交う。アメリアはすれ違う度に一礼していた。


 だが、1人だけそれができない者もいる。

 濱本の居室近くに行くと、今となってはもう他人の顔なじみが向こうから歩いてくる。掃除用具を持った彼の姿を一目見て、アメリアは足を止めた。


「……っ」

「あ、アメリア……」


 シュルツだった。

 既に縁を切ったはずの男。それが、アメリアを懐かしむような、もしくは再会を喜ぶかのように柔和な笑みを見せた。


 それでも、アメリアには耐えられなかった。

 アメリアは瞼をぎゅっと閉じ、シュルツの姿を一切見ずに反対側へ駆け出していった。


 ハイノール島で死んだ5人の乗客は、やっと自衛隊に保護してもらえると希望を持った矢先に殺され、濱本は仲間のために努力して散っていったのに、シュルツは大勢の人々にひどいことをしながらも、反省なんかしないでのうのうと生きている。


 それが全くもって許せなかった。


 なぜこんなにも世界は理不尽なのか。


 正しい者、辛い経験をした者は無為に死んでいくのに、他人を食い物にする悪者がなぜ生き残る?


 大事なことを掴みかけたアメリアの前には、現実という理不尽な壁が立ちふさがっていた。

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