85話 招待

「艦長、レーダーが飛行物体を探知! 北100kmから低空で接近中!」


 船務長の菅野が大声を発すると、CICに緊張が走る。矢沢はまたドラゴンがやってきたのかと警戒しながら菅野に聞き返す。


「目標は!?」

「100ノット前後で接近中、機影は1機のみと推定されます。回避行動や速度変化は無し」

「ということは、グリフォンか何かか......? 艦橋、確認を行え」

『了解、確認を行う』


 艦橋に詰めている鈴音が手早く応答する。


 接近する飛行物体の識別はレーダーやESM装置が行うが、同時に艦橋に立つ見張員も行うことになる。レーダーやESMでは目標の外見はわからないからだ。


『こちら艦橋、飛行物体はグリフォン。1体のみです』

「承知した。総員戦闘配置。引き続き監視を行え」

「総員戦闘配置、対空戦闘用意!」


 砲雷長の徳山が戦闘配置を告げる警報を鳴らすと、艦全体が戦闘配置へと切り替わる。通路の防水隔壁が閉鎖され、休憩を取っていた者も含めた全ての乗組員が配置につく。


「SM-2発射用意、目標はグリフォン」

「第1目標、まっすぐ近づく!」


 一連の手順を完了させると、CICは完全に戦闘モードへ移行した。矢沢の指示で対空ミサイルの照準を接近中のグリフォンに合わせ、攻撃準備が完了する。


 だが、傍で見ていたロッタが冷静に通信機へ声を投げ入れる。


「待て。おい見張員、グリフォンの騎士は何か旗を持っているか?」

『旗? そんなもの見えないぜ』


 鈴音は再度グリフォンの姿を確認するが、それらしきものは掲げていない。冗談じゃないのか、と言いたげに返事をする。


「そうか、では敵だな。殺していい」

「SM-2、攻撃始め」

「SM-2、発──」

『いえ、騎士が旗を掲げました! 黄色と黒の旗です!』

「っ、攻撃を中止しろ!」


 徳山が攻撃開始を宣言するが、見張員の海曹からの慌てた声と、それを聞いたロッタの制止で攻撃が一時中断された。ロッタは胸をなで下ろすが、矢沢を含むCICの人員が彼女へと目を向けた。


「その旗は何を意味する?」

「使者が掲げるものだ。交渉を要求するという意味だが、今回はただの連絡員だろう」

「目的は降伏勧告か、それとも騎士団要人の身柄要求か、だな」


 矢沢は腕を組みながら訝しんだ。アメリアと瀬里奈をさらった直後に使者を送ってくるとなると、それしか考えられなかった。

 人質を利用しての交渉、つまり人質外交。国家として下賤な行為だ。矢沢の胸中に怒りが湧き上がる。

 それは徳山や菅野らも同じようで、ソナー管制コンソールの方から舌打ちも聞こえて来る。


 とはいえ、初めてアセシオンが国家として自衛隊側へ交渉を持ちかけていることも事実。無視するわけにはいかなかった。

 矢沢は艦橋に詰めている佳代子へ指示を下す。


「副長、飛行甲板へ連絡員を誘導し出迎えてほしい。着艦後は士官室へ通せ」

『りょーかいですっ!』


 彼らの行為の意味を知ってか知らずか、普段通りの元気いっぱいな返事をよこす佳代子。矢沢には不安が募っていたが、副長としてしっかりやってくれるだろうと信じて士官室へ移動した。


            *     *     *



「君か」

「そうよ。立場が変わったわね」


 派遣されてきたのは、アセシオン側の人間でも特に見慣れた人物だった。


 真紅の長髪を海風になびかせる、一見すると近衛騎士団の兵士にも見えるウォードレス姿の女騎士。右目は長い前髪で隠れているが、左目は凛としながらもどこか笑っている。


「全く、やってくれたな。歓迎しよう、アリサ・マクファール」

「敬称をつけて呼びなさい」


 アリサは矢沢に吐き捨てるように言う。不遜な態度を取る元捕虜に辟易していたが、ここで捕まえてしまえば元も子もない。口から出かかった呪詛の言葉を飲み込み、士官室の艦長席に腰を下ろした。


 士官室には武装した警衛4名とフランドル騎士団の騎士2名に加え、ロッタがそれぞれアサルトライフルや剣で武装し、アリサや侵入者の攻撃に備えている。


「さて、要求を聞こうか」

「皇帝陛下のご意思を伝えるわ。あなたたちを首都にご招待したいとのことよ」

「我々、とは」

「あなたと騎士団の団長、そして巫女の3人よ」

「つまり、罠にかかりに行け、ということか」

「その言われようは心外よ。あなたの国はどうやって外交してるわけ?」


 矢沢の心境を知ってか知らずか、アリサは憮然とした表情を彼に向けた。矢沢にしてみれば、そこまで呆れられる謂れはないというのに。


「我々の世界では、人質外交は非難されるべき行為であると同時に、使節は最大限の礼儀と不可侵の権利をもって迎えられる。もちろん、相手側の承認ありきだが」

「あんたたちは海賊じゃないの」

「では、この場で君を虐待死させて、君の首に爆弾を詰め込んで帝都に送り届けてもよろしいか」

「人質が死ぬわよ」

「その時は国の黄昏だ」


 矢沢は自分がしていることをわかってはいる。日本の方針とは全く異なる、本来ならば火遊びと言われるほどの苛烈な瀬戸際外交だ。


 とはいえ、この会談は本格的な交渉の前段階に過ぎない。ここで強気を見せておくことで、本番で不利な条件をふっかけられる確率を下げることに繋がる。


 それが効いている証拠に、アリサは目を見開いて引いていた。彼女は先の海戦でアセシオン海軍がどのような運命を辿ったかを知っている。


 重要なのは首都での会談だ。矢沢はそこだけを見据えていた。

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