338話 身の代金
「そうか、ルオーネで支払うのか」
「その通りです」
矢沢は小さく頷くと、アメリアにコピーしてもらったルオーネ金貨をポケットから取り出し、ジャマルによく見えるようテーブルの上に置いた。
「我々としても、このような手段は取りたくなかったのですが、致し方ありません。身の代金という形で解決できればと」
「それで1人辺りいくら払ってくれる?」
「1人辺り2ルオーネです」
「それが君たちの言う、拉致被害者の値段なのかい?」
「人に値段はつけられません。これは、あなた方が正当な取引とやらを行い支払ったと思われる金額を概算し、そこから先日述べた被害分を差し引かせてもらった金額に過ぎません」
「それが2ルオーネというのは少なすぎる。こちらもインフラや軍に大きな被害を受けているんだ」
ジャマルは苛立ちをはらんだ目を矢沢に向けてくる。相場の10分の1以下の値段を出されれば、誰であろうとこうなることはわかっていた。
「それも含めております。例えば、神殿が撃墜した対潜哨戒ヘリコプターは、強引にこちらの価値で直すのなら300万ルオーネ近い金額となります。更に燃料費だけでも数千ルオーネ、ドラゴンに使用した砲弾や魚雷等も12万ルオーネに達します。それに加え、拉致被害者がこちらの世界である程度生活していくための生活費や後遺症等の治療にかかる医療費、遺族への見舞金を差し引けば、艦艇の売却も考えなければならないほど赤字を出しているのです」
「それなら、大人しく船を売ればいい」
「我々は規則により装備品を勝手に売却できません。複数の国家にまたがる機密情報を含んだ艦艇を売却するなどとんでもない。それよりは、海賊になった方が罪は軽い」
矢沢は毅然とした態度を崩さず、ジャマルを牽制する。
海賊になるということは、アモイの船舶を襲うかもしれない、という含みを持つことになる。ドラゴンを倒した船というだけでも人々を威圧する効果は大きいが、それが海賊となって海上の交通路を襲うとなれば、経済のダメージも偽造金貨の流通程度では済まなくなるだろう。
何が起こるかはジャマルもわかったようで、小さくため息をついて言葉を続ける。
「12ルオーネだ」
「3ルオーネで」
「10ルオーネ」
「準備ができません。3ルオーネで」
「払えないのなら、交渉は打ち切ってもいい」
「……5ルオーネで」
「8ルオーネ」
「6ルオーネで限界です。それ以上はアモイの経済に悪影響を与えるかと」
「わかった。6ルオーネでいい」
「承知しました」
矢沢はなるべくポーカーフェイスを決め込みながらも、内心では胸を撫でおろしていた。
本物同然の偽金貨を流すにしても、量が多ければ価値が低下してしまう。それではラナーだけでなくアモイ全体に迷惑をかけることになりかねない。
この交渉をなるべく低い金額で終わらせるのが、結果的にはアモイのためになる。3600枚の本物の金貨が市場に流れ込んだところで影響は少ないだろう。
*
「どう、終わった?」
「ああ、満足のいく結果ではあった」
「そっか。よかったぁ」
矢沢の報告を聞くと、ラナーの顔から緊張の色が消えていく。
アモイとの交渉は、ひとまず拉致被害者を身代金と交換することで終結を見せた。
しかし、ラナーが望む国の改革はまだ成し遂げられていない。もちろん出過ぎたマネであることはわかっているのだが、こればかりは矢沢の意思ではなく、ラナーという現地住民の願いで、しかも邦人の救済にも関連する。十分に絡む余地はある。
そこで、矢沢はラナーに問いかける。
「ラナー、君はどうする? これで邦人が戻って来るのなら我々の任務は達成だが、君との約束はまだ有効だ。私はどうすべきだと思う?」
「そうねぇ……もういいんじゃない? だってさ、ネモさんは十分やってくれたと思うよ。あたしが勇気を出せたのだって、ネモさんのおかげなんだから。後はあたしで何とかするし」
「わかった。そうさせてもらおう」
ラナーがもういいと言うのなら、既に口出しをする理由は無くなっている。
ならば、ここで一度別れることになる。矢沢らは邦人の奪還のため、ラナーは国を造り変えるため。それぞれの道を歩むことになるのだ。
「じゃあね、ネモさん」
「ああ、また明日」
ラナーと矢沢は互いに手を振り合い、ゲストハウスの自室へと戻っていった。
*
「は……連中と和解する、と……?」
「しょうがないよ。アセシオンのバカがこの一件を起こしたも同然なんだ、文句はアセシオンに言うさ」
「だからと言って……」
国防大臣のヴィレオはジャマルの前に追いすがる。このまま弱腰の姿勢を見せていれば、戦争中の周辺国に付け入る隙を与えることになってしまう。
ここは何か1つでもアモイが優位だと知らしめるようなパフォーマンスを行わねば、周辺国の侵攻もあり得る。
しかし、ジャマルは早期に手打ちにしてしまった。それも、国家ですらない海賊もどきを相手に。
許されるはずがない。それでなくとも国はラナーと灰色の船のせいで大混乱だというのに、それを認めてしまっては国の分裂さえあり得る。
既に決定された以上、国を1つにまとめる方策を考える必要に迫られていた。
「く……一体どうすれば……」
このまま放っておけば、どう転がるかわかったものじゃない。収拾不可能な事態にまで発展すれば、それこそ国の終わりだ。
元はと言えば、灰色の船がこの国にいなければ──
「……そうか、そうしよう」
ヴィレオの脳裏に、ある1つの方策が浮かんだ。
犠牲は最小限でいい。王族1人を差し出すことで国の安定を保てるのなら、まだ安い方だろう。
ヴィレオは夜の寒い街に繰り出すため、外套を羽織って南部の基地へと赴いた。
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