139話 ライザの忠告

『右舷より飛行物体、まっすぐ近づく。近衛騎士団の旗流信号を確認』

「艦長より達する。飛行科は騎士団の使者を飛行甲板に誘導せよ」


 とうとう来たか。


 矢沢は波照間から報告を受けた時から彼女の到着を待ちわびていた。それが作戦開始の合図だからだ。


 フロランスとロッタは、それぞれ機関の定期補修と隊員の訓練を終えて食堂辺りで休憩しているはずだ。食堂のみに艦内放送のチャンネルを合わせる。


「巫女フリードランドと騎士団長ロッタに通達。直ちに士官室へ集合せよ」


 今回の作戦では騎士団の能力もフル活用してもらう。自衛隊だけでは足りない戦力を補填すると同時に、貴族たちの動向を探ることになる。特異な動きをするのは承知の上だが、その内容が知りたい。


 この作戦は何が何でも成功させなくてはならない。矢沢は決意を新たにし、艦長室を後にした。


  *


 それから数分後、近衛騎士団からの使者であるライザが士官室に到着した。警衛の隊員に代わり、矢沢とロッタ、フロランスが彼女を出迎える。


「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

「お……おかげ様、でな……」


 敵方とはいえ、あおばの来客であることに変わりはないはずだが、矢沢は股間を押さえながら辛そうな声を発していた。当然ながらライザは困惑する。


「……一体どうされたのですか」

「いや、特に何も……ない」

「全く、全艦放送でもロッタと呼ぶか」


 ライザは知る由もなかったが、矢沢はこの直前にロッタから股間を強打されており、耐えがたい痛みを必死にこらえていた。

 何とか痛みが引いたところで、矢沢はライザと面と向かう。


「すまなかった、見苦しいところを見せたな」

「まさか、700近いグリフォンの大群に群がられても無事だったあなたが、股間を蹴られた程度で悶えるとは思いませんでした」

「きついジョークだ」


 会って早々嫌味を言う辺り、アセシオンの状況は極めて逼迫しているらしい。単にライザの通常営業とも考えられるが。


 一方でフロランスは普段通り微笑んだままだが、ロッタは露骨に嫌な顔をしている。眉根を寄せ、低い声でライザを威圧した。


「おい、早く席に着け。何の話をしに来た」

「どうどう、落ち着いてください」

「貴様、何様のつもりだ!」


 ライザは無表情のまま手を前に出し、ロッタを落ち着けようと声をかける。まるで子供をあやすような態度だったので、ロッタは更に怒っていたが。


 気を取り直し、矢沢は3人に着席するよう促した。さすがにロッタも従ったが、着席する際に舌打ちをしたのを矢沢は聞き逃していた。


「さて、ライザ君が来たということは、ベルリオーズ伯との会談の日程が決まったというところかな」

「ええ、前回はあなた方が自由でいいと仰られていたので、こちらで決めさせて頂きました。会談は明後日でよろしいですか?」

「ずいぶんと早いな」

「あなた方が速い移動手段をお持ちなのはご存じですし、できる限り早い方がよろしいかと」

「そうだな。早いと助かる」


 全くもって思ってもいないことだったが、矢沢は社交辞令と嘘を兼ねて返答する。本当ならば部隊を展開させるために少し遅めがよかったのだが。


「現在、アセシオンはかなり微妙な状況にあります。あなた方の望み通りの結末が欲しいのであれば、早めに決着をつけておく必要があるかと」

「それもそうだ。知っての通り、こちらには陸上部隊と対峙できる能力はない」

「騎士団もだいぶ出払ってて、大規模な作戦は無理ね。話し合いで済むなら大歓迎だけど」


 矢沢は事務的に言うが、フロランスはため息をついて頬杖をついた。アセシオンの大空襲の際、騎士団は情報収集に奔走しており、部隊の体力も限界に近い。フロランスは以前にもそう言っていた。

 とはいえ、アセシオン側の提案は矢沢とフロランスの意を汲んだものではないことは2人も承知の上だ。


「どのみち、我々には関係ないことだ。ジエイタイとベルリオーズの非公式会談でしかない。騎士団は蚊帳の外だ」

「確かに、ロッタちゃんの言も一理あるわね。わたしたちに平和はいつ訪れるのかしら」


 さっきから不機嫌そうなロッタはともかく、フロランスも表情が晴れない。あおばの活躍で騎士団へのマークが緩くなりつつあるのは事実だが、だからと言って思い切った行動に出られるほどではない。現状はあおばの活躍を期待する他ないのだ。


「会談の件は承知した。予定は調整しておこう」

「感謝します」


 ライザは小さくお辞儀すると、用意されたお茶を一口啜る。敵対者との会談で出される飲み物といえば毒物を警戒するべきだが、彼女は大丈夫なのだろうか。


「それと、ウィンジャー様に1つ、伝言があります」

「ウィンジャー……ああ、あのジンという」

「そうです。サリヴァンが儀式の魔法を見つけた、とお伝えください」

「儀式……どういうことだ?」

「彼に聞けばわかります」


 矢沢の質問をいなしたライザは、再びお茶のカップに手をつけた。


「では、ベルリオーズ伯の屋敷でお待ちしています」


 お茶を飲み干したライザは、足早に士官室を立ち去った。

 相変わらず忙しいようだが、その理由は何となくわかっている。彼女はベルリオーズとヤニングスの連絡役でもあるはずだからだ。


「フロランス、機会は今しかない。君たちの望みを叶えたければ、絶対に作戦は失敗できない」

「ふふ、わかってるわよ」


 先ほどとは打って変わり、余裕綽々の表情を見せるフロランス。

 どうやら、ライザには嘘の情報を流したらしい。改めてフロランスの底の知れなさを矢沢は感じていた。

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